長野市の市街地から約7kmの地に立つ個性豊かな住棟群。内部にはどんな世界が広がっているのか。
長野市建設部住宅課に問い合わせたところ、市営住宅を見学する機会に恵まれた。さらに建設設計のプロセスや経緯を記録した『今井ニュータウン建設記録』(1999年3月/編集発行 長野市)を見ることができた。
住棟内部をのぞく前に、まずはその成り立ちから紹介したい。
オリンピックの開催が「長野」に決まったのは91年夏。実は3度目の正直で決まった大会だった。
開催まで6年半、交通インフラや都市の整備は急ピッチで進められる。東京・長野間の長野新幹線の開業も、高速道路や一般道路の整備も、開催に合わせて加速した。
選手たちが滞在する「選手村」も重要な事業として位置付けられた。
選手村は、選手と役員が一同に滞在できる宿泊施設のほか、滞在中の生活をサポートする運営・サービス施設も必要とされる。国際オリンピック委員会(IOC)が定める選手村のガイドラインもあり、競技場への距離などさまざまな条件がある。
大会中に選手らが滞在する重要な施設であるとともに、国際交流の貴重な場として期待も大きい。しかし、大会期間は1カ月ほどだ。その後の活用を見据えた最適な選手村を用意するには何ができるのか。
どこに「オリンピック村」をつくるのか?
冬季五輪は競技が山岳地帯に点在するため、開催都市の規模はそう大きくはない。夏と比べるとコンパクトとはいえ、開催地で3000人規模の施設の確保は容易ではない。
選手村を新築しても後利用が難しい場合が多く、過去には学生寮やホテル、リゾートなどの既存の宿泊施設の活用や、仮設施設を建設する方法をとる大会もあった。
長野の場合、規模に見合う既存施設がなく、仮設にするには多大な整備費がかかる。結果、選手村を新築し、都市計画の一環で住宅に転用する案に決着した。
選手村で必要となる運営・サービス施設は、一時利用の仮設や市内の施設を割り当てる対応となった。ちなみに、カーリングは軽井沢のホテルを、スノーボードは志賀高原のホテルを選手村に利用した。
計画地は、各競技場へのアクセスのほか、集合住宅の立地性、市の都市計画などから、川中島今井地区の市街化調整区域に決まった。建設用地の取得が急がれた。ちなみに今井駅も計画に合わせて新設されている。



















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