「12歳でひとり暮らし」「妹を海に突き落とす」…父母の喧嘩が日常茶飯事だった毒親家庭で育った兄妹、「大好きなのに音信不通」の哀しい"現実"

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だが、どれだけ妹が兄を想っていても、現実はままならない。筆者が東京の大学に進学するために上京して以来、兄とは一度も会っていないのだ。この10年ほど、顔を見るどころか、声すら聞いていない。兄は私の連絡先をブロックしているし、私も兄に連絡しようと思ったことがない。兄のことは大好きなのに、その勇気は、なぜか出ないのだ。

そして、兄は何も言わずに姿を消した

そんな関係を続ける中、兄が働いていた地元企業の撤退に伴い、住んでいたアパートから忽然と姿を消してしまったのだ。

展示
アジアで開催されている「100%ドラえもん&フレンズ展」で展示されていた「帰ってきたドラえもん」(筆者撮影)

『帰ってきたドラえもん』でののび太は、ウソ800を使った状態で「ドラえもんはもういない」と言うことでそれが嘘になりドラえもんと再会することができた。

だが、私はドラえもんと再会したのび太のようになれなかった。あんなに大好きだったのに、きっともう二度と兄と会うことはできないだろう。兄が生きているのか、死んでいるのかもわからない今、インターネットで兄の名前を検索して情報を探すことしかできない。これは、機能不全家庭の、ひとつの現実なのだろう。

ドラえもんのおかげで筆者はグレずに育つことができた。優しさや勇気など、生きるために大切なことを教えてもらえた。しかし、兄を想う気持ちの置き場までは、身につけることができなかった。

もし死んでしまっているなら、せめてどこかに情報が残っているはず……そんな希望のない希望を胸に、兄の名前を検索し続けている。

子どもの頃の写真
左:筆者。右:兄。こうして一緒に遊んだ時代もあった。そんな兄にまた会える日が来るなら、話したいことがたくさんある(写真:筆者)
【前回の記事】「なんでママは物投げるん?」「知らん、声出すなや」 毒親サバイバーの29歳女性、父母の喧嘩が"日常茶飯事"でも「グレずに大人になれた」深い理由
押入れの人 Webライター・マンガ編集者

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おしいれのひと / Oshiire no hito

児童指導員、メーカーのEC担当バックオフィス、Webマーケティング会社のディレクターなどを経てフリーランスのライター・編集者に。累計100万円以上ドラえもんグッズに使った自称ドラえもんガチ勢。

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