──武田先生、武田先生、お電話が入っています。至急、職員室へきてください。
武田は斜め上を見ながら校内放送を聞いたのちに言う。
「忘れ物を取りにいったら、すぐに家に帰れよ」
そう言い残して、職員室へ駆けていった。
武田が廊下の角を曲がるのを確認したのちに、浩一は取り巻き五人の上履きに画鋲を仕込んだ。
昇降口から戸外へ出て、裏庭を全速力で駆ける。
裏門から校外へ出ると、息切れしながらも指示書に記された台詞をどうにか宣言する。
──せ、せ、成敗D……、しっ、執行しました。
カメラのスイッチを切って、児童公園のパステルカラーのベンチに腰を下ろすと、途端に全身から汗が噴き出した。額の汗を拭う手が震えている。今ごろになって、膝下まで震え始めるのだった。
*
その晩、浩一は万次郎から成敗Bの結末を聞いた。
成敗Bの結末と、“万次郎”の由来
──あの後、店主の親父さんの温情で、警察への通報は為されませんでした。来月の小遣いで、これまで万引きした漫画本の金額を支払うという約束をして手打ちですね。
──これで万引きもなくなって、朝日堂書店は営業を続けられると思います。ところで弥太郎君はいったい何者なんでしょう? あの淡々とした威圧的な詰めかたには、僕までぶるっちゃいましたよ。
──そりゃそうですよ、弥太郎君は恫喝のプロですからね。
──恫喝のプロ?
──つまり元ヤクザのこどおじです。
──は?
──同盟内で唯一、小指がないのです。
浩一は冷や汗をかきつつも、次の文を打ち込む。
──でも僕の成敗Dはあぶないとこでしたね。子供テレビで観たと思いますが、武田先生に問い詰められたときはもうダメかと思いましたよ。偶然、呼び出しアナウンスがあったから助かりましたが……。
──いやいや、そんな偶然あるわけないでしょ。
──え?
──わたくしが保護者を装って北中学校へ電話したんですよ。武田先生に繋いでもらえますかって。教職員の情報は諜報部が抜いてありますからね。子供テレビで放映している以上、成敗が失敗してもらっちゃ困るんでね。
浩一は万次郎に借りを作ってしまった気分になりつつ、次の文言を打つ。
──ところで“万次郎”というのは『ジョン万次郎漂流記』からきているんですか?
──ん? どういうことですか?
──つまり歴史上のジョン・万次郎が日米の架け橋になったように、通信部の万次郎さんは、依頼者と子供部屋同盟の架け橋になっている、という意味なのかと勝手に思っていたのですが。
──なるほど、その発想はなかったですね。依頼者と同盟を繋ぐ、虹の架け橋、万次郎というわけですか。名乗り口上に加えてみましょうかね。ハロー、ハウロウ、虹の架け橋、万次郎──、ううむ、悪くないですね。
翌晩、浩一が執行した成敗Dの結末が放映された。


















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