「今も心に残る空虚さ。でもひとりに戻っただけ」——。61歳で旅立った10歳年上の夫《前へ進むための"ひとり暮らし"》再出発の部屋

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夫はデザイン関係では有名な媒体の編集者だった。最初の出会いは、ライターである杉江さんが営業で編集部を訪ねた日。約束の時間になっても姿が見えず、1時間ほど待たされたこと。

「困りましたよね。仕事をもらう立場なので帰るわけにもいかず、会議室で1時間ぐらい待っていました。そうしたら彼はすっかり忘れてたみたいで、“あれ今日だっけ?”って感じで来たんですよ。そのときは、後に結婚することになるとは思いもしませんでした。なんだか覇気のない雰囲気で、変わった人だなと思ったんです」

当時、ちょうど夫は前妻との離婚直後で、気持ちが乱れていた時期だったのだと、後になって本人から聞いた。その後はしばらく時々仕事の受発注をする関係が続いたが、ある頃から杉江さんは嘱託の編集者として編集部の中で仕事をするようになった。次第に距離が縮まり、結婚するに至ったそうだ。

「私は就職氷河期世代で、大学を出ても就職できなくて。それでフリーライターになったんですが、当時は雑誌の勢いがあって仕事ができました。夫は焼き物や工芸に詳しかったので、彼の早期退職後は工芸のプロデュースも手伝い、仕事には恵まれていました」

芸術系大学の文芸学科で文章力を磨きながらも、新卒時の就職が叶わなかった氷河期世代の杉江さん。しかしフリーランスの立場で雑誌メディアにくらいつき、夫との出会いによって更に仕事の幅を広げた。

亡き夫と姑の写真
今は亡き夫と姑の写真をリビングに飾って(撮影:今井 康一)

今までとは違う流れに乗っていく予感

「でも、今後は違う流れに乗ってみようかとも、思っています。私は雑誌などの紙媒体を中心に仕事をしてきましたが、ここ数年雑誌が勢いを失って、WEBに移り変わり、さらにSNS中心へと変わってきて。

それに合わせていくのもひとつですけれど、そもそも自分が合わせたいのかどうかということを、考える時期にきていると思います」

そう言って、杉江さんは少し考えるように視線を落とした。確かにここ数年でメディアをめぐる状況は変わった。50代であれば、その変化についてゆくことも不可能ではない。しかし、そもそも新しい時代の波に乗りたいのかどうかを、選べる年代でもあるだろう。

「私は大学で教える仕事もしていて、そちらも楽しんでいます。今後は編集執筆にかぎらず仕事の幅を広げることを、考えてもいいのではないかと、思っていて」

プロフェッショナルな立場で仕事をしているからこそ、自然と節目が見えてくる——そんな冷静な判断が言葉の端々にあった。けれど杉江さんに悲壮感はなく、むしろ流れが変わっていくのを受け入れながら、自分のペースで次を探しているように見えた。

趣味で集めていた着物
着物も趣味で一時期あつめていた。着付けができるという理由で、親類縁者からのもらいものも多いそう(撮影:今井 康一)
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