「絢香ちゃんは四年生だよね。もう就職先は決まっているの?」
「はい、菓子メーカーの内定をもらっています。今度は営業事務になるんで、ラーメン屋とはぜんぜん違う業務になりますね」
「アルバイトはいつまで続けるの?」
「実は今週いっぱいで辞めるんですよ」
「え? 俺なんにも聞いてないけど、みんなには言ってあるの?」
「店長にしか言ってないです。立つ鳥跡を濁さずじゃないですけど、しれっといなくなろうと思って。送別飲み会とか開かれても気まずいし、そもそもわたしはここで半年しか働いてないし」
「じゃあ俺が今訊かなかったら、来週にはしれっといなくなってたわけか」
と、パートさんが豚丼を持ってきてくれた。絢香がお礼を言うも、パートさんは忙しそうにすぐ休憩室から出ていく。
空腹の絢香は、豚丼を前にしてお腹が鳴ってしまった。たぶん村上さんには聞こえてないだろうと勝手に解釈して、割り箸を手にさっそく豚丼を頬ばろうとする。
「ずっと前から好きでした。俺とつきあってください」
「は?」
「つきあってください」
それで絢香は、村上さんと交際することになった。
翌年の春、絢香は菓子メーカーに就職した。慣れない営業事務だったが、接客の経験が役立ったのか成績はそこまで悪くなかった。
開業準備が始まった段階で、菓子メーカーを退職
村上さんは引き続き修業生として目黒のラーメン店で働き、三年目を迎えたころにようやく独立の目途が立った。村上さんは、地元の千葉に店を出すと決めていた。
物件探しを始めると、千葉駅から徒歩圏内におあつらえ向きのテナントを見つけた。駅近ゆえにテナント料は高いが、人通りも多く、飲食店をやるには絶好の立地だ。村上さんはこの場所で、自分の店を持つことに決めた。
店の名前は“麺屋ムラカミ”で、修業先と同じく地鶏ラーメンの店だ。開業準備が始まった段階で、絢香は菓子メーカーを退職した。絢香は麺屋ムラカミで、接客と調理補助を担当する。そして二人はこのタイミングで籍を入れた。
村上さんは夫になり、自分の氏名は村上絢香になった。
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