留置場生活が始まって、一週間が過ぎたころだった。
「おい、四番、接見だぞ!」
その時間帯に、弁護士が接見にくる予定はなかった。妻は午前中に接見にきていたが、再び逢いたくなったのだろうか。殺伐とした留置場生活の中で、妻の姿を思い浮かべると自然と顔が綻んでしまう。
その日、接見にやってきたのは……
アクリル板の向こうに、上司の菊池部長が座っているのを見つけた瞬間、直人は接見室から逃げ出しそうになった。今は絶対に会いたくない人物が、絶対に会いたくない場所にいる。
しかも直人は、パジャマのようなネズミ色のスウェットを着ていた。風呂にも数日に一度しか入れないので、髪の毛はぼさぼさで、髭も伸び放題だった。部長はいつも通り濃紺のスーツを着てネクタイをしているが、自分の姿は囚人だ。全身から脂汗が噴き出し、眩暈(めまい)すら覚える。
部長の隣には、細身のパンツスーツを着た見かけない女の姿があった。彼女は人事部の主任だという。簡単な挨拶のあとに、女は直人に向かって言う。
「たいへん申し上げにくいのですが、吉田さんには、自主退職のお願いに参りました」
直人の頭は真っ白になり、しばらく口が利けなかった。
──退職? 十六年も勤めてきて、こんな意味の分からないことで、退職?
無職にだけはなりたくない。この状況で上場企業のトミタ商事の社員であることは、直人に残された唯一のプライドだった。直人はほとんど恥も外聞も捨てて、部長に涙ながらに訴えた。
「信じてください、菊池部長! 私は本当に何もしていないんです! あの女には指一本触れていないんです!」
部長はどこか気まずそうに頭を掻く。



















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