取り調べが終わると、すぐに雑居房へ戻される。雑居房は鉄格子が嵌められた八畳ほどの檻で、机も椅子もなく、皆が床に直に座って生活していた。
同室の被疑者たちは、日常生活ではまず関わることのないヤクザかチンピラのような男ばかりで、会話を聞いている限り、一人は覚せい剤、一人は詐欺、一人は傷害で捕まっていた。
傷害というのは喧嘩でもして相手を殴ったのかと思ったが、なんでも果物ナイフでコンビニ店員を刺したという。どうして上場企業のトミタ商事で課長を務める会社員の私が、鉄格子の檻で凶悪犯と共に生活しているのだろうか──。
自分は何も悪いことをしていないのに
消灯後、薄い布団に横たわっていると、定期的に妻子のことを思い出す。今ごろ妻と真奈は、自宅のベッドで寝息を立てているだろうか。妻は元々、営業課の自分の部下だった。五歳年下の小柄な女子社員で、たぬき顔のきょろんとした目をしていた。
あまり仕事ができるタイプではなく、相談にのってやるうちに親しくなって交際が始まり、その翌年には籍を入れていた。結婚は勢いだとよくいうが、直人も彼女もちょうど身を固めたい年齢だった。
以来、直人の薬指には常にプラチナの指輪が嵌められていた。その指輪も、身体検査のさいに取り上げられた。
直人は枕に頭をのせたまま、指輪の痕が残る薬指を見つめる。警察からの電話には驚いただろうが、妻だけは信じてくれる。うちの夫が痴漢なんてするはずがない、そう思っているはずだ。
しかし留置場生活が続くにつれて、次第に不安に駆られだす。食事は朝晩が粗末な日替わり弁当で、昼食はコッペパンにマーガリン、一日に何度も正座で点呼をさせられ、看守に留置番号を呼ばれれば腰縄で繋がれて取調室へ連行される。あの中年刑事はあいかわらず口汚い言葉で罵ってくる。送検時などは手錠まで嵌められて護送車に乗せられた。自分は何も悪いことをしていないのに、嫌でも犯罪者の気分に陥ってくる。
当日の状況は、すべてが直人の不利に働いていた。直人が利用していた鉄道には、未だ全車両に防犯カメラが付いていなかった。目撃者など確保できていないし、今後に見つかる可能性もまずない。唯一の無実の証拠は自身の供述だけだ。



















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