でも駅員も、警察官も、刑事も、検事も、誰も自分の言い分を信じてくれない。皆が私を犯人だと決めつけている。確かに私は男だから人並みに欲は持っている。でも電車内で我慢できずに女の尻を触ったりはしない。それくらいの理性は持ち合わせている。でも誰も信じてくれない──。
しまいにはすべてに疑心暗鬼になり、もしかしたら妻も私を疑っているんじゃないだろうか、そんな思考に陥る瞬間がある。直人はときに調子にのって、料理中の妻の尻を触ることくらいはある。同じように夫は、調子に乗って電車内で若い女の尻を触ったんじゃないだろうか──。
妻との接見
妻と接見できたのは、事件から四日後の午前だった。取り調べで散々絞られた末、アクリル板の向こうに慣れ親しんだ妻の顔と、きょろんとした彼女の目を見て、直人は涙が出そうだった。
「俺は痴漢なんてしてない、信じてくれ……!」
「そんなこと分かってるわ。弁護士を立てて戦いましょう」
世界で一番信じて欲しい人間が自分を信じてくれて、直人は声を詰まらせて泣いた。
午後、妻が依頼した弁護士が接見にきた。弁護士を通して会社へも事情説明が為された。家族と会社に連絡が取れて、直人はひとまず胸を撫でおろした。しかし弁護士の今後の方針は、とても容認できるものではなかった。
「現状で吉田さんには、二つの選択肢があります。女性に示談金を払い謝罪の手紙を書いて不起訴を狙うか。起訴されて裁判で戦うか。ご存じかもしれませんが、起訴された場合、無罪判決を勝ち取ることは、非常に、非常に、困難です」
何もしていないのに、示談金を払って私をハメたあの女に許しを乞う?
そんなふざけた話があるか。思わず弁護士を怒鳴りつけそうになる。
「吉田さんの心中もお察しします。しかし有罪証明が難しいように、無実の証明もまた非常に難しいのです。もし示談をご希望でしたら、早急に手を打つ必要があります」
示談などする気はない、許しを乞うのはあの女のほうだ。直人は弁護士を追い返すようにして、接見室をあとにした。



















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