と、ちょうど向かいの壁際で、やたらと丈の短いデニムのスカートを穿(は)いた若い女がスマホで電話をしていた。腫れぼったい一重瞼に、赤らんだ鼻頭、薄い唇──。女は呂律が回っておらず、徹夜で呑んだ帰りかもしれない。本人も気づいていないのか、随分と話し声が大きい。見かねた直人は、女に向かって言う。
「おい、車内でスマホで話すのは控えたらどうだ。他の乗客にも迷惑だろう」
女はちらりとこちらを睨んだのちに、舌打ちをして電話を切った。直人は再び車窓の向こうの街並みを眺めた。出社したらまず得意先の北田産業に電話をして、エクセルで収支報告書を作って、などと今日すべき業務を考え始める。
「おっさん、痴漢したよね!」
事態が一変したのは、直人が電車を降りたときだった。
背後から何者かに腕をつかまれた。
「おっさん、痴漢したよね!」
振り返ると、若い女がこちらを睨んでいた。直人は女の言葉をまったく理解できない。
痴漢? 私が、痴漢? この女は何を言ってるんだ? そもそもこの女は誰なんだ?
短いデニムスカート、一重瞼に赤らんだ鼻頭、薄い唇──、そこで初めて、先ほどドア付近で向かい合っていたあの女だと気づく。
痴漢という言葉に、ホームにいた利用客の視線が一斉にこちらに向けられた。直人は女の腕を振り払う。
「君は何を言ってるんだ、からかうのはよしてくれ!」
女は直人の腕をつかんだまま、ヒステリックに痴漢をされたと訴え続ける。騒ぎを聞きつけた二人の駅員が駆け寄ってきた。
「ここでは他の利用者にも迷惑になるんで、駅員室に行きましょうか」
その申し出は願ったりだった。こんな衆人環視の下で痴漢扱いなど、堪ったものではない。駅員室で私が何もしていないことを証明してやろう。駅員室でさっそく事情を説明していると、今度は二人の警察官が駆けつけてきた。
「駅員さんに迷惑かけてもいけないんで、とりあえず交番に行きましょうか」



















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