「警備員さんも被害届は出さないっていうし、今日は大目に見るから大人しく帰りなさい」
家に着くころには、日付が変わろうとしていた。自室の布団へ突っ伏し、もう動くことができない。今ごろになって、左足も痛み出した。
警察は頼りにならない。自分の力でもどうすることもできない。
婆ちゃんとの思い出
ここにきて、健人には再び婆ちゃんとの思い出が巡った。それはなんでもないような、婆ちゃんとのやり取りだった。
健人がまだ幼いころ、婆ちゃんはときどき、近所の土手に健人を連れていった。おにぎりを入れた弁当箱と、麦茶の水筒を持って。婆ちゃんにしてみたら、ちょっとしたピクニックのつもりだったのかもしれない。
健人は早々におにぎりを平らげてしまうと、河に向かって石投げを始めた。石を拾うためにときどき振り返ると、婆ちゃんは土手の斜面に行儀よく座って、どこか嬉しそうにこちらを眺めている。
石投げに飽きると、婆ちゃんの隣に座って言う。
「婆ちゃん、座ってるだけで楽しいんか?」
「健ぼうは、気は優しいし、頭もいいし、きっと立派な大人になるよ」
気づくと健人は、枕に顔面を押しつけて嗚咽(おえつ)をもらしていた。
──ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう! ろくでもない俺の人生の中で、こんなにも努力をしたのに、もう俺にはこれ以上どうすることもできない!
一頻(ひとしき)り涙を流したあと、ぐしゃぐしゃの顔で頭を持ち上げる。絆創膏が半分剥がれて、瞼から垂れ下がる。
絆創膏で片目を塞がれた狭い視界の中で、最後に健人の目に留まったのは、机の上に置かれたノートパソコンだった。



















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