これこそが今回の騒動の背景にある「理想化された自然」観であり、自然と人間の関係の単純化なのである。
ツキノワグマ、イノシシなど人との軋轢が深刻な野生動物の保全管理を研究している兵庫県立大学自然・環境科学研究所教授の横山真弓は、野生動物が人の生活圏に入ってくる原因について、ちまたで言われている山が開発され、森が荒れて住みにくくなったなどはごく一部と指摘している。
野生動物が人の生活圏に入ってくる3つの要因
そして三大要因として、①野生動物たちの数の増加、②人口減少による人間活動の縮小に伴う野生動物の生育環境の拡大、③野生動物たちの学習能力の高さを挙げた。
横山は、昭和初期から第2次世界大戦にかけて日本の野生動物が絶滅寸前に陥っていたこと、戦後は一転して保護政策が始まったこと、個体数が増加する中で農山村から産業が撤退し、生息地が拡大したことなどを解説。「人が山を開拓し、動物たちの生息地を奪ってきた時代は100年前の話」だとした(以上、「境界線を越える野生動物たち」/『エコひょうご』2021春号No.98/公益財団法人ひょうご環境創造協会)。
つまり、「自然を破壊する人間」と「住む場所を追われる野生動物」というわたしたちが思い描きがちなステレオタイプの神話がいとも簡単に否定されているのだ。実際、クマの駆除を非難する人々は、二言目には「人間の責任」を口にすることが目立つ。
しかし、野生動物の調査などからは③の学習能力の高さゆえに、安全が確認された途端に人の生活圏に入り込んでくる傾向が強いことがわかってきている。先の神話はむしろ理解の妨げにしかならないだろう。
もちろん、野生動物たちとの多様な関係性が失われ、「害」の面しかスポットが当たらない、純粋な「害獣」の出現は近代化の産物といえる。
サルで例を示そう。サルの被害は、記録としては江戸時代から存在している。当時の旅行記には、鹿やサルが農作物を全部食べてしまうため、収穫できず、飢えることがあるなどと書かれており、農業書にはサルの食害対策などが紹介されているほどであった。
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