「60代女性の頭皮のにおいを嗅いだ瞬間…」《臭気判定士》下水管、靴下、わきの下──あらゆる異臭・悪臭を約30年嗅ぎ続けた仕事のリアル

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「固定された考えを持たないこと」

それが、石川さんが仕事を続けるうえで最も大切にしているルールだと言います。

「においの現場で一番やりがちな失敗は、“原因はきっとこれだろう”という先入観を持ってしまうこと。そうすると、微妙な違和感や、ノイズのような別のにおいに気づけなくなってしまうんです」

ゆえに石川さんは現場に入る際、頭を空っぽにして、五感を開く。そうして極度に集中すると、風速計には表れないごくわずかな空気の流れや、部屋の温度差まで肌で感じられるようになるのだとか。

かつてNHKの番組に出演し、脳の血流を測定したときのこと。未知の微かなにおいに接した瞬間、石川さんの脳はフル稼働していたそうです。

「普通の人は、においを嗅ぐと脳の特定の部分だけが反応するらしいんですが、私の場合は全体が全力で反応するか、まったく働かないかのどちらかで、珍しい動きなのだそうです。その先生には、“あなたは超能力者だ”と言われましたよ(笑)」

後継者をどうする? 向いているのは“オタク気質の人”

万能そうな“においの探偵”にも、悩みはあります。それは、自分の後を任せられる後継者を育てることの難しさ。

「大学院卒の人間を2年ほど教育したことがあるんですが、ダメでしたね。考え方が凝り固まっていて、最初から結論ありきで進めようとする。においに関して苦情を言う人も嗅ぐ人も人間ですから、この仕事には化学の知識だけでなく、人を見る能力や柔軟な思考が不可欠なんです。そのうえで、においのライブラリをコツコツ蓄積していく。だから、オタク気質の人のほうが向いているんじゃないでしょうか」

現に、臭気判定士の資格だけで生計を立てているのは、石川さんを含めても日本に10人いるかどうか。そのほとんどは、企業の研究室や開発部門に勤めている会社員だそうです。石川さんのようにトラブルの現場に単身乗り込み、必要あらば建築図面まで読み解いて根本原因を突き止めることができる存在は、極めて稀なのです。

臭気判定士の免許は5年ごとの更新。66歳で更新を済ませた石川さんは、「71歳になるとさすがに自信がないかな」と謙遜しますが、話す姿からは、その嗅覚と探究心が錆びつく様子は、少しも感じられません。

先入観を捨て、五感を研ぎ澄まし、現場のあらゆる情報をフラットに受け止める。そして、経験の「ライブラリ」から最適解を導き出す──。

石川さんの仕事術は、においの世界にとどまらず、変化の激しい現代を生きる私たちにも、固定観念を捨てて物事に向き合うためのヒントを与えてくれるはずです。

ポーズを決める石川英一さん
においのプロである石川さんには、これからも末長く活躍していただきたいものです(撮影/梅谷秀司)
高橋 もも子 ライター

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たかはし・ももこ / Momoko Takahashi

埼玉県出身。週刊誌やWebニュース編集部での勤務を経て、2020年よりフリーライターとして活動中。エンタメ分野を中心にインタビューを重ね、これまでに取材した人物は700人以上。芸能人のエッセイ本や写真集のライティングも担当。趣味は旅行サイトと物件サイトを眺めること。始めたいと思っていることはエレキベース。

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