ハーバード大学の学寮がここまで称賛される理由 日本人が知らない米リベラルアーツ教育の本質とは何か
堀内:私もいま教養に関していろいろ勉強し直しているのですが、ピエール・ブルデューというフランスの社会学者が「ハビトゥス」が重要だと言っています。「ハビトゥス」というのは英語で言う「ハビット」、つまり「習慣」ですね。
彼の主張は、個人の意志と社会の構造との相乗でものごとは動いていくというもので、構造主義のように、社会の構造が人間の思考を形づくっていて個人より社会の仕組みが大事だということでもなく、実存主義のように、とにかく個人の意志が自分をつくり社会を動かしていくということでもない。社会構造と個人との両方の関係の中でいろんなことが動いていくんだと言っています。
その彼が、社会構造の中では学校教育と社会階級の2つが大きな意味を持つと言っていて、確かに、それはそうだなと思っているのですが、一方で、それらが容易に変えられるかというとそれはかなり難しい。
小林さんのようにラテラルな仕事を始めて、そのプロジェクトを通じて新しい人が育っていることは理解できるのですが、一番のポイントは、教育を通じて社会構造にどこまで斬り込んでいけるかという話だと思っています。日本人の大多数は、教室でみんなが並んで座って、先生が黒板に書くことを写し取って、先生が期待する答えを言えば優秀な生徒という教育を受けてきているので、社会全体の教育に対する考え方というのを変えていくのは、なかなか難しいことではないかと。
要は一人の人間が欧米的な、リベラルアーツ的な発想を持てる、批判的な精神を持てる子どもとして成長するということと、この社会全体が変わるということはまだ少し距離があるかなと思っているのですが、そこはどのようにお考えでしょうか。
一人の思考や行動を変えること
小林:非常に難しい問いですね。母校のミッションには、リベラルアーツ教育の力として、「異なる分野を学ぶ、さまざまな人生経験を持つ人々と共に暮らすという多様な生活環境を通じて、知的な変容はより深まり、社会的変革のための土壌が育まれる」という一文があります。私も同意で、日々の生活の延長線上に教育機会を作る中でしか社会は変わらないと思います。
堀内さんの問いに対する私なりの答えとしては、リベラルアーツ教育の価値を体感的に理解している個人が日本にもかなりの数いると思っており、まずはその人たちが身の回りで実践していくことから、構造的な変化を起こしていくしかないのかもしれません。学校の中でなくても、家庭や外の世界でも可能ですし、教育者以外でも取り組めることだと思います。
HLABでは、2011年から高校生を対象に、多様なロールモデルに触れて学ぶ重要性を知ってもらおうと、世界の大学生を集めて全寮制のリベラルアーツ教育を再現したサマースクールを開催し、15年で5000名ほどの卒業生が旅立ちました。その経験から、子どもたちは、多感な時期な1週間、違った文化に触れさせるだけで思考や行動が大きく変わるということを実感しています。
2017年からは、「柳井正財団 海外奨学金プログラム」を開始し、世界のトップ大学のリベラルアーツ教育を学びたい学生を年間40人延べ300名近く支援してきました。その後、孫正義育英財団や笹川平和財団も続き、今では毎年100名以上が国外の大学に金銭負担なく留学できるようになりました。きっかけさえあれば、日本国外も含む様々な教育環境へのアクセスは広がっています。
リベラル・アーツ教育のよさは、学ぶための基礎、方法論を身につけられることです。一度でも思考の形態や行動が変わると、日常の様々な出来事が新たな学びに変わっていきます。一人が変われば、その一人の思考や行動が周りの人の思考や行動にも変化が生じさせるでしょう。
実直にこうした取り組みを積み重ねていくことで、少しずつではありますが、日本の教育に貢献し、社会を動かすことにつながっていくと信じています。
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