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ライフ #超訳 歎異抄

元銀行員“異端”の僧侶が語る、700年前の仏教書『歎異抄』に現代人が救われる理由。《誰もが自分の中に「善」も「悪」も抱えている》

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  • 安永 雄彦 西本願寺元執行長、築地本願寺元宗務長、グロービス経営大学院大学特別教授
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私たちは、自分の中に「善」も「悪」も抱えています。

私たちは、なんとか成長しよう、人のために尽くそう、心豊かになろうと努力するポジティブな面をもっています。

けれども一方で、目標を立てても怠けてしまったり、つい人を妬んだり、わがままな心から怒ったり、苦しまぎれにささいな嘘をついたりしてしまうようなネガティブな面(影)ももっているものです。

人間が「完全に清浄なる存在になる」ということは、不可能なのではないでしょうか。

誰しも内面に巣食う悪をもっているものだからです。

煩悩にまみれた凡夫(ぼんぶ)として生きる

いつもいつもさまざまな煩悩に苦しめられ、「お金がほしい」「もっと愛されたい」「出世したい」「成功している同級生が妬ましい」「上司に腹が立つ」「子どもが言うことをきかなくてイライラする」といったようなことを四六時中考えながら過ごしていくのが人間の日常であると思うのです。

そして、こうした「煩悩」にとらわれていたのは、私たちだけでなく、親鸞聖人も同様であったのです。

悪や罪に深くとらわれている自分が救われるにはどうすべきか。どうすればそのような悪人である私個人、また人間一般が救われるのか。

そうしたことを一心に考え、仏教上の修行、探求を行ったのが親鸞聖人でした。

その結果たどり着いたのが、この「悪人正機」の教えなのです。

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親鸞聖人は、深く自分の内面を見つめ、自らの悪を直視した人でもありました。自分には地獄が「終(つい)の住処(すみか)」なのだと、語っているくらいなのです。

第二条には、次のような言葉を残しています。

「どのような修行も満足にすることのできない私には、どうあがいても地獄以外に行き場がないのです」

心に「善」と「悪」の両方を抱えながら、煩悩にまみれて日々を生きているのがまさに「凡夫」たる私たちです。

浄土真宗でよく言われる「凡夫」とは、「煩悩から逃れることができない人」という意味です。

【次の記事】元銀行員の僧侶が解説、ビジネスパーソンの悩みに寄り添う『歎異抄』。700年前の仏教書に散りばめられた「生きるヒント」

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