[著者プロフィル]井手英策(いで・えいさく)/慶応大学経済学部教授。1972年生まれ。東京大学大学院博士課程修了。日本銀行金融研究所、東北学院大学、横浜国立大学を経て現職。専門は財政社会学。著書に『ベーシックサービス』『幸福の増税論』『18歳からの格差論』など。2015年大佛次郎論壇賞、16年慶応義塾賞を受賞。(撮影:尾形文繁)
予言ではない
──担当編集者に「4年前にファシズム論を書こうとした井手さんは予言者」と言われたと。
予言なんかじゃない。コロナ禍の日本社会を思い出してほしい。誰もがマスクをし、仕事も学校も休まされ、移動の自由さえ放棄させられた私たちの過去を。
私たちは「自粛の要請」という矛盾だらけの国の指図を迷いなく受け入れた。感染者や死者の数は少なかったが、その見返りに民主主義と人間の自由が痛めつけられた。もし、まったく違う文脈で同じ国民性が発揮されたらどうなるか。この問いを「予言」と呼ぶのなら、何のための学問か。
ただ、ファシズムになるぞ、という恫喝は事態を単純化しすぎだ。「自由と民主主義の死」という悲しい現実、それはファシズムかもしれないが、ソ連的な全体主義、南米的な権威主義、あるいはまったく新しい何かかもしれない。
私は、昭和恐慌と高橋財政、第1次世界大戦と敗戦後のドイツを素材にこの問題を考えてみた。歴史に学び、現代における「ファシズム的な問題」を論ずると何が見えてくるのかを知りたかったからだ。そのヒントは、サブタイトル「極端へと逃走するこの国で」に、ほのめかしたつもりだ。




















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