対してロシアでは「バレエは国が守るべき文化」だとして政府から補助金もあり、固定給が支払われるそうだ。彼女が学び、働いていたロシアと日本のバレエ事情の違いについて、話を聞いた。
「ロシアでは、バレエ団に入れば朝のウォーミングアップから本番まで、すべてが“仕事”として給料が出るんです。住まいも支給されて、大きなアパートの一室をルームシェアしていました。
キッチンやバスルームは共用でしたが、広くて設備も整っているので不便はなかったです。生活にかかるお金って、ほんとに食費とみんなでWi-Fi代を割って払うくらいだったんです」
ロシアのバレリーナは生活が保障される。代わりに、つねにプロにふさわしいコンディションを維持することが求められる。
「踊ることに対する要求は厳しいですが、それ以外の悩みはありませんでした。
夜はルームメイトと夕食をとることもあって、キッチンに集まってボルシチやペリメニ(スープ餃子)を作って食べるのが楽しかったですね。ロシア人って、最初はちょっと冷たく感じるけど、打ち解けるとすごくあたたかいんです。
週末には、友人のおばあちゃんの別荘に頻繁に招待してもらっていました。ロシア人の多くはダーチャという農園付き別荘を持っていて、手作りの野菜を栽培しながら自然の中でくつろぎます。
私はおばあちゃんに本当の孫のように手料理でもてなしてもらい、サウナも使わせてもらいました。仕事にも人間関係にも、恵まれていたと思います」

その暮らしの中で、彼女はバレエだけでなく、文化や人との距離感、そして「自分の足で立つ」ことを学んでいった。コロナ禍とロシアの軍事侵攻によって順調なキャリアを中断せざるをえないことは、大塚さんにとって苦渋の選択に違いない。
「戦争に関しては、ロシア人の友人も言葉少なです。ロシアとウクライナは元から関係が深いので、語るのが難しい。たとえばいつも私を招いてくださったおばあちゃんもウクライナにルーツがあって、複雑な思いがあると思います。
別の友人からは旦那さんが戦地に行ったという話も聞きました。その重さというのは、身近なロシア人たちからひしひしと感じています」

ロシアで築いた人間関係の深さ、文化への共感の強さゆえに、大塚さんの心もまた、今の状況に傷ついているのだろう。多くを語らないその様子から、彼女の気持ちが伝わってきた。
教えることも、発信することも、すべてはバレエのため
バレエに集中できていたロシアとは違い、日本では多くのバレリーナはプロであっても収入のために複数の仕事を掛け持つ必要がある。大塚さんも現在、舞台に立ちながら、バレエを教えたり、谷桃子バレエ団の動画に出演したりと多忙な日々を送っている。
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