それが功を奏したのか、1回目の体外受精で妊娠。しかし医師に「卵の成長が悪いから、このまま育つのは難しいと思う」と言われた通り、1カ月後に自然流産してしまった。もう1度妊娠したが、再び1カ月ほどで流産。
不妊治療が歯医者に通う感覚と同じ程度の、ルーチンと化してしまっていた中、48歳で奇跡の妊娠。「夫婦で『記念だよね』と喜んでいました」が、また流産。このときは「赤ちゃんの心拍は聞こえませんが、ちゃんと流れていない」と言われ、産科から不妊治療の病院に戻り、子宮からかき出す掻把をした。
夫には「麻酔もしない痛さをもう1回経験するのはつらい」と話す。義母に報告すると、「まだ治療を続けていたの?」と驚かれる。結婚後に営業から事務方へ移っていた職場でも、45歳頃に営業職へ戻されており、「その気があるのは私たちだけ?」と気づいたこと、コロナ禍で病院通いが不自由になったこともあり、ついに治療を断念した。
「最初に体外受精と言われたのは、私の卵子は育ちにくいからだと、治療の途中で知りました。2012年放送の『NHKスペシャル 産みたいのに 産めない~卵子老化の衝撃~』で初めて、卵子も老化すると知った。説明してもらっていたら、すぐ体外受精に踏み切れたかもしれない」
長年通う間に、病院の患者に対する配慮も進んだ。
「最初に行った大病院は、待合室で名前を呼ばれるため、友人が治療していることを知ってしまいましたが、10年後に同じ病院へ行くと番号で呼ばれました。待ち時間にパソコン作業ができたり、婦人科と産科を分け、子どもがいる人や妊婦さんと、子どもがいない不妊治療中の人が会わないよう配慮する病院も増えました」
子どもがいない人生を受け入れるには時間がかかったが、今はより一層親族などを大切にしよう、と思うようになったそうだ。
情報不足だった過去を残念がる
仕事面では着実にキャリアを積み、周囲にも恵まれているように見える2人。共通するのは、「子どもを産み育てるのが当然」と思い、特にキャリア志向が強いわけでもなかった点だ。「子どもを持つ」「持たない」について特に悩ましいのは、彼女たちのように普通に生きたい、と思っていた人たちなのかもしれない。
2人とも、情報不足だった過去を残念がっていた。医師がもっと患者に配慮しつつ十分に説明をしていれば、彼女たちも決断しやすかったのではないか。
今はインターネットで簡単に情報を見つけられるため、自身の病気や身体の状態について調べることが珍しくなくなった。それでも、見つけた情報が本当に正しいのか、自分に当てはまるか素人が判断することは難しい。検索能力にも、検索へのモチベーションにも個人差がある。
当事者がいかに適切に情報を得られるのか、それも社会の課題と言えるだろう。

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