「慶應→上場企業→落語家へ転身」した"ヘンな人"が、「天才落語家」に1万回怒られて学んだこと 「立川談志」の弟子になるとはこういうことだ

すっかりおなじみの方ではあるので、いまさら大げさにいうまでもないかもしれない。とはいえやはり、『狂気の気づかい: 伝説の落語家・立川談志に最も怒られた弟子が教わった大切なこと』(立川談慶 著、東洋経済新報社)の著者は端的にいえば「ヘンな人」である。
慶應義塾大学→一部上場企業→落語家へ
慶應義塾大学を卒業後、株式会社ワコールに3年間勤めたのち、立川談志の弟子として入門したという経歴がまずヘンだ。
もしもそのままサラリーマン人生を送っていたとしたら、相応の安定した生活が保障されていたに違いない。にもかかわらず、それを蹴ってしまったのである。
しかも、(本人によれば数々の「しくじり」のおかげで)、他の流派なら4年ほどで終えられる「前座」という修行期間に9年半もの歳月を費やしたのだという。単純に考えて、小学校に上がったばかりの子どもが高校生になるくらいの時間だ。
二つ目昇進(前座からの昇進)を弟弟子に抜かれるというのも、当時としては異例の出来事だったらしい。
紆余曲折を経たのち、やがて二つ目昇進を成し遂げ、談志から「立川談慶」と命名されたのは2000年のこと。結果的には慶應義塾大学卒で初めての真打ちとなったわけだが、とはいえ遠回りにもほどがある(お断りしておくが、これはあくまで好意的な表現である)。
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