しかし、ウクライナのネイションフッドを消滅させようとするプーチンの動きは、かえってそれをEUが取り組むべきヨーロッパ永遠の関心事とした。
冷戦後のEUは、独ロの和解を頼りにドイツの再統一を果たしたが、それはちょうど東欧諸国がソ連版のロシア帝国に対抗してネイションフッドを主張することに成功したばかりの時期であった。
EUに必要な「新たな物語」
その後、ドイツ・ナショナリズムの帰結となり、東ヨーロッパの数十年に及ぶ民族分裂の歴史の破滅的な結末、すなわちホロコーストが、ヨーロッパ統一の理念を想像的に構築するうえできわめて重要な意味を持つようになった。
対照的に、2022年、ホロコーストとソ連による20世紀前半のテロ〔訳注 1932年から33年にかけてのスターリンによる飢饉テロ「ホロドモール」。400万人前後が餓死したとされる〕を同時に経験した国家が、自国領土の国家主権のために防衛戦争を戦うなかで、正式にEU加盟候補国となった。
その際、ウクライナは、公共空間における少数言語の抑圧を国家建設の権利として正当化した〔訳注 ウクライナ憲法は、第10条でウクライナ語を「国家語(state language)」と規定し、国家語の基本政策について定めた2012年の法律では、ウクライナ語以外のロシア語その他の少数言語は地域言語として位置づけられ、2019年に施行された「国家語としてのウクライナ語の機能保全に関する法律」では、行政、出版、メディア、学校教育、科学・文化・スポーツ活動などにおいてウクライナ語の使用が義務づけられた〕。
こうしたウクライナがたどっている経験は、マーストリヒト条約以後のEUが超国家的で平和志向の組織であるという考え方とはおよそ相いれないものである。
戦争によって国民国家となったウクライナを認めることになれば、EUは必然的にこれまでとは異なる存在となり、地政学上の敵対国であるロシアの存在に部分的に依拠した歴史的目的についての新たな物語がなければ、いくら言い繕っても自らの存在を正当化することはできないであろう。
ベルリンやパリでは、ヨーロッパの資源が豊かで大陸規模の隣国とそのような関係を持つEUは、まさに「時代の転換期」にあると考えられている。
(訳:寺下滝郎)
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