ロシアがウクライナに侵攻する数週間前、スヴァールバル諸島にある世界最大の衛星地上局とノルウェー本土を結ぶケーブルが、明らかにモスクワの手によって破壊された。
ウクライナ侵攻後、ロシア以外の締約国は、冷戦後間もない時期に北極圏に主権領域を持っていた8カ国〔訳注 カナダ、デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、ロシア、スウェーデン、アメリカ合衆国〕によって設立された政府間組織である北極評議会を一時停止し、北極圏の大国ロシアは政治的に孤立することとなった。
戦争前から係争地となっていた北極海航路
しかし、ロシアが北極圏におけるきわめて重要な経済大国であることには変わりない。ウクライナ・ロシア戦争をきっかけに、モスクワは北極海の商業利用を倍増させた。北東ヨーロッパとロシアから太平洋アジアに至る北極海航路は、スエズ運河を経由する航路の半分以下の距離しかなく、北極圏の温暖化によって冬季には砕氷船による航行が可能となっている。
北極海航路はこの戦争の前から係争地となっていた。この航路は専らロシアの経済水域を通過することから、ロシアは外国船の航行を管理する権利を主張している。ウクライナ侵攻後、ロシア以外の国の航路の利用は激減したが、南ヨーロッパや西ヨーロッパの港に向かうLNG船など、ロシアの利用は増加した。
ウクライナ・ロシア戦争によってロシアのアジア向け輸出市場に新たな価値が見いだされたことから、ロシアのエネルギー企業ロスネフチは大規模な北極圏石油ターミナルの建設に着手した。
中国の石油の多くがロシアから輸入されるようになる状況下で、北極海航路がロシアから中国に石油を運ぶ主要ルートになれば、これは大きな地政学的変化となる。それによって、中国の抱える「マラッカのジレンマ」は軽減されるものの、新たにベーリング海峡で苦境に直面し、ロシア東部とアメリカを隔てるこの狭い海域で中国の貿易が窒息させられる可能性が出てくる。
この戦争の結末が黒海におけるロシアの衰退ではなく、むしろロシアの台頭ということになれば、ロシアが新たな通商路の防衛のために海軍を用いる十分な理由を持つ重要な通商海洋大国として登場してくることとなり、それとは別に、否、それと同時に、中国が北海と地中海・エーゲ海に面したヨーロッパのほとんどの主要港の権益を獲得することとなる。
その意味で、アメリカ海軍が貿易のための公海の守護者としてほぼ単独で行動してきた時代は終わりを告げようとしているのかもしれない。
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