正義のアイデア アマルティア・セン著/池本幸生訳 ~震災後の復興に求められる正義の実践
マイケル・サンデルのテレビ放送やジョン・ロールズの新訳出版などによって、日本に正義論ブームが到来したのが2010年。その翌年3月11日に東日本大震災は起きた。しかし、流行となった正義論は、津波や原発事故によって暮らしを奪われた被災者への「不正義」をただす政策には反映されていないように見える。それは、先行してブームになった正義論が、センが批判する「現実の問題を考えるうえで余り意味がない」主流派の正義論だったからではないか。そう思えるほど、本書に結晶しているセンのアイデアは現実的であり、実践的である。
訳者の池本幸生氏によれば、実際の世界に存在する明らかな不正義を取り除くために、現実の状態と不正義を取り除いた状態を「比較」し、後者のほうが望ましいと人々が合意できれば、正義の「理論」を持たなくても正義の実現に向けて前進できるというのがセンのアイデアである。理論ではなく、あえてアイデアとセンが呼ぶのも、何が正義かを先験的に決めようとする主流派の「理論」に懐疑的だからだ。センは「最も重要なのは、異なる理性的な立場が複数存在するかもしれないという可能性を認めたうえで、正義を追求するために理性は何を求めるかを吟味すること」だと言う。