私が松下幸之助に惹かれた理由のひとつに誠実さがある。
もともと体の強くない松下は、少し寒くなるとよく風邪気味になっていた。体温が36.4度くらいになる。だいたい35.8度くらいが平熱であったため、これはすでに微熱であった。そういうときにたまたまお客さまと約束があり、接待をしなければならないのだが、そばで見ていても非常に苦しそうなことがあった。
松下は、お客さまとの約束の1時間ほど前には真々庵(京都の私邸)にやって来て、接待の準備に取りかかる。しかし、どうにも体調がよくなさそうで、どことなく機嫌もよくないというような状態である。私は「大丈夫ですか? もうお帰りになったほうがよろしいのではないですか。今日は事情をお話して、お客さまはわれわれがご案内しますから、お休みになってはいかがですか」と言ってみるのだが、松下は「いや、まあ……、帰るというても……、まあ今から相手さんに連絡を入れても、もう家を出てはるやろう……」などと言って、どうもはっきりしない様子である。
そうこうしているうちに、予定通りお客さまがおいでになった。
お客さまがいらっしゃると……
しかし「お客さまがいらっしゃいました」と連絡が入ると、その瞬間から松下の雰囲気が一瞬にして変わってしまった。ぱっと立つと「迎えに出る。わし、行くわ」と言うのである。その姿は、この人が今まで「どうしようか、熱があってたいへんや。かなわん、だるい」というような雰囲気だった人と同一人物だろうかと、疑いたくなるくらい、にこにこしている。
お客さまと話をして、「じゃ、庭でも歩きましょうか」と真々庵の庭に出て、ご案内を始めた。さらに茶室でお抹茶を飲み、またサロンに戻って談笑をする。そうやって1時間半くらいの時間をかけてお客さまをもてなすのである。その間、松下はにこにことして元気もいい。私は内心、熱がとれたのかなと思っていた。やがてお客さまがお帰りになることになり、松下はいつものようにお見送りをした。
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