「聖人・孔子」をプロパガンダに利用する中国の茶番 マルクスと孔子の対談動画が物笑いの種に

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2023年10月には、中国の人気テレビ局である湖南衛視で、「マルクスが孔子に会ったとき」という大型教養番組が放送されている。その内容は、マルクス(なぜか流暢な中国語を話す)が時空を超えて孔子の学堂を訪ね、ともに理想の世界について語り合うという珍妙なものだ。

マルクスが孔子と対談する?

番組中ではマルクス役の俳優が孔子役の俳優に「あなたと私の見解は多くの部分で似たところがある」と語りかけるシーンもあり、在外中国人の反体制派の間ではそのナンセンスぶりが物笑いの種になった。

中国の動画サイトで公開されている、「マルクスが孔子に会ったとき」の画面。シュールである

だが、番組は党機関紙『人民日報』のウェブサイトで大々的に宣伝され、同年夏にマルクス主義と中国の伝統文化との接続を唱える「第2の結合」の講話をおこなった習近平の姿が映像の冒頭に挿入されるなど、党の意向が強く反映されている。

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全体を通じて、孔子の立場をマルクスよりもやや優越させているような印象も受ける。中国共産党は、いまなお「共産党」を名乗って鎌とハンマーの党旗を掲げているため、マルクスの権威は決して無視できない。だが、実質的に資本主義を導入している中国社会には、かつてマルクスが批判したブルジョワジーによる生産手段の独占とプロレタリアートの搾取が、他国以上に深刻な形で存在している。

党としては、マルクスをひとまず神棚に乗せ、実際の政治運営においては儒教に代表される中国の伝統文化に基づく統治をおこなう考えなのだろう。漢代から約2000年にわたって存在した儒教的な専制体制は、広大な中国を統治するうえで最も有効性が保証された政治形態なのである。

念のために付言しておけば、実際に『論語』を読むと、孔子は自分が政治家としてスカウトされることを望んだり弟子と冗談交じりの掛け合いをしたりと、人間臭く面白い個性を持つ人物だったことが伝わってくる。

日本の江戸時代の国学者だった本居宣長は、かつて「聖人と人はいへとも聖人のたくひならめや孔子はよき人」(世間で聖人と呼ばれてはいるが、孔子は聖人らしからぬ好ましい人だ)という和歌を詠んだ。春秋時代の教育者だった孔丘という生身の人間と、後世の国家統治イデオロギーの象徴になった聖人・孔子は、似て非なる存在なのだ。

ただし、近年の中国共産党が復活させたがっている孔子は、後者のほうである。西側とは異なる体制のもとで党が人民を支配する道具として、「聖人・孔子」はいまなお必要とされている。

安田 峰俊 ルポライター

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やすだ みねとし / Minetoshi Yasuda

1982年、滋賀県生まれ。立命館大学人文科学研究所客員協力研究員。著書『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』(KADOKAWA)が第5回城山三郎賞、第50回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。

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