「70歳を過ぎてもデート楽しい」中尾ミエの恋愛観 若い頃は、もっと「よれよれ」だと思っていた

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中尾 そういう町づくりをしてくれればいいと思いますね。きちんとプライベートは確保できるようにして、その一方で、みんなが集まれるような場所が常にある。食堂でもいい、ダンスパーティーとかみんなが交流できる催しだっていい。

そういう環境があれば、独りになりたいときは独りになれますし、また、孤独にはならないですみます。そういう町づくりというか、場所づくりができるといいですし、それぞれが自分の周りで、そういう環境をつくる実践をしてもらいたいですね。

一人ひとりが分断されてしまった「阪神淡路大震災」

和田 精神科医として1994年までアメリカに留学して、その後戻ってきた直後の1995年に阪神淡路大震災がありました。

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中学・高校と神戸だったこともあり、1年ほど毎週ボランティアに通っていたんです。震災の被害に遭われた人たちがそのつらさと悩みを共有して話し合うグループセラピーというものを行いました。

会議室のようなところを借りて実施したのですが、ほとんど若い人しか来ないんです。本当に独りで外に出られないようなお年寄りがいるのならば、避難所でも仮設住宅でも、いくらでも出張するよと思いました。

当時、避難所にも仮設住宅にも、集会所を作らなかったんですよね。それぞれの住宅はあるけれども、結局、一人ひとり分断されてしまっていた。だから集会所や会議室があれば、そこに出張してグループセラピーでみんなの話を共有しながら、心のケアだってできたはずです。

その後、さんざん文句を言っていたら、阪神淡路大震災以降の震災の際には、避難所や仮設住宅を作るときに、集会所や会議室のようなものを作ってくれるようになりました。そういうのは、べつに被災地の仮設でなくても、普段から必要なんだと思いますよ。

中尾 ミエ 歌手、女優

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なかお みえ / Mie Nakao

1946年、福岡県生まれ。1962年にデビュー曲「可愛いベイビー」が大ヒット。1971年リリースのシングル曲「片想い」は30万枚の売り上げを記録。歌手だけでなく、俳優としても数々のドラマ、映画、舞台に出演。2015~ 2019年に上演した『ザ・デイサービス・ショウ』では主演・企画・プロデュースを務め、2019年、2022年にはブロードウェイ・ミュージカル『ピピン』にてアクロバティックな空中ブランコの演技で話題を集めた。2024年公開の主演短編映画『せん』が「ショートショート フィルムフェスティバル&アジア」でジョージ・ルーカス アワード(グランプリ)を受賞するなど精力的に活動中。

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和田 秀樹 精神科医

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わだ ひでき / Hideki Wada

1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、浴風会病院精神科医師を経て、現在は和田秀樹こころと体のクリニック院長。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わる。『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『80歳の壁』(幻冬舎新書)、『60歳からはやりたい放題』(扶桑社新書)、『老いたら好きに生きる』(毎日新聞出版)など著書多数。

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