ホスピス医が語る「人生最後の日」に人が望むもの 「この世を去る」前に気持ちの変化が訪れる

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その患者さんは、「自分の人生は、いったい何だったんだろう」「自分の生き方は正しかったのだろうか」と考えるようになり、私にこう言いました。

「私は心のどこかで、自分はみんなから好かれている、信頼されていると思っていました。でもそれは、おごりでした。みんなが信頼していたのは私ではなく、私が動かしている仕事やお金、それだけだったのです。あれだけ飲んで食べて語り合って、わかり合えるところがあると思っていましたが……。こんなに寂しいことはないですね」

大切に育ててきた会社すらも失うことになってしまい、彼は「せめて子どもには、人間関係の大切さを、ちゃんと伝えたい」と思ったそうです。

この世を去る前に、本当に大切なこと、お子さんに伝えたいことがわかり、気持ちに変化が訪れたのでしょう。その患者さんはとても穏やかな表情になっていました。

老いて、病いを得ることで人生は成熟していく

「人に迷惑をかけるくらいなら、早く死んでしまいたい」

人生の最終段階の医療に携わって30年。私はこの言葉を、数えきれないほど耳にしてきました。

「人に迷惑をかけたくない」という思いに苦しむのは、元気なときに、自分の人生をしっかり自分でコントロールしてきた人が多いようです。

「自分は、こうでなければならない」という思いが強い人、「人に頼らない」を信念としてきた人、「努力すれば報われる」という信念を持ち、厳しい競争社会を闘い抜いてきた人……。そのような人ほど、人生の最終段階で、それまでの価値観がまったく通用しなくなり、アイデンティティを失ってしまうのです。

そして、「死にたい」と思うようになったり、自分をコントロールできないいらだちを、家族や医療スタッフ、介護スタッフにぶつけたりするようになります。

また、幼い子どもがいる親御さんや、会社を経営していた社長さん、財産がありすぎるお金持ちなども、苦しむ方が多いようです。この世に残していく子どもや会社、お金のことが気がかりで、「生きていたい」という思いが強いためです。

しかし、こうした患者さんたちも、苦しみ抜いた果てに、少しずつ自分が抱えていたもの、それまで頑なに守っていた信念などを手放し、他人にゆだねるようになります。

次ページゆだねる相手は必ずしも「人」でなくてもいい
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