台湾で「独立」「統一」以外で躍進した新政党の失速 再び2大政党制に戻り、民進党の有利が続く

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興味深いのは、演説の終盤で頼総統が「中華民国」憲法の「主権在民」原則における「国民」の定義について、「中華民国」国籍保持者に限るとするという理論を提示したことだ。この理論は、台湾の憲法学者の黃丞儀らが提唱していた「国民憲法論」と呼ばれるものだ。頼総統の就任演説はこの理論を採用することで「中華民国」と中華人民共和国とが互いに隷属関係にないという立場の理論的基盤としている。

このように、現在の台湾社会では2大政党が対立してきた「統一か、独立か」という従前のイデオロギーの相違は、すでに政治的に大きな意味を持たなくなっている。「中華民国台湾」というナラティブが多数の民意に受け入れられている。

10年前に発生した「ひまわり運動」を主導した若者世代は、台湾の主体性を前提とした現状を自然なものと捉え、「天然独(生まれながらの独立派)」と呼ばれていた。しかし、実際には「統一」や「独立」といったイデオロギーに強い立場を持たない「天然台(生まれながらの台湾派)」だったのではないかとも指摘されている。若い世代は、現行の自由民主体制に自信を持っており、これが従来の2大政党のイデオロギーにとらわれない政治的態度につながり、民衆党の支持が広がった遠因にあると考えられる。

支持者から失望され、埋没した第3勢力

しかし、短期間で支持を伸ばした民衆党も、議会での言動から支持率が急落した。5月から本格化した「国会改革法案」審議では、民衆党は国民党と一致団結し、少数与党の民進党に独自法案の審議を許さず、野党法案を強行採決した。

これにより与野党対立が激化し、世論の批判も高まった。美麗島電子報の調査では、法案の可否に社会的注目が集まった4月から5月にかけて、民衆党の支持率は急落し、8月には13.8%まで低下した。有権者は2大政党のしがらみを超えたクリーンなイメージに期待して民衆党に投票したが、実際の議会運営では最大野党・国民党の補完勢力となり、さらに上述の政治献金スキャンダルでクリーンさも失った。これが支持者の失望を招いたのである。

台湾政治では第3極の政党が存在感を示すのは極めて困難だ。たとえ2大政党への批判票を集めても、いったんどちらかの補完勢力と見なされれば支持を失い、最終的には淘汰される傾向がある。ちなみに、比較政治学では、中道第3政党が主要政党の政策分極化に影響を与えるという研究もある。それによれば、中道第3政党が主要政党の政策を左右にシフトさせることがあるが、台湾のケースでは民衆党が中道の立場を維持できなかったことで、むしろ民進党が引き続き中道的な立場を取る余地が生まれている。

今後の台湾政治が民進党、国民党、民衆党の三つ巴状態から2大政党の競争へと戻るか否かは、「台湾アイデンティティ」に訴える「中華民国台湾」路線をどの党が明示的に打ち出せるかにかかっている。民衆党が失速した現在、中間層に訴求力のある「中華民国台湾」路線を掲げる民進党が、「台湾アイデンティティ」をふまえた明確な国家ナラティブを出せていない国民党に対し、長期的に比較優位に立っていると考えられる。

平井 新 東海大学特任講師

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ひらい あらた / Arata Hirai

東海大学政治経済学部政治学科特任講師。2020年、早稲田大学大学院政治学研究科博士後期課程修了、博士(政治学)。専門は、比較政治学、移行期正義論、台湾現代政治、東アジア現代史など。2021年、北京大学国際関係学院博士課程修了(ABD)。主著に、Policing the Police in Asia: Police Oversight in Japan, Hong Kong, and Taiwan (SpringerBriefs in Criminology)などがある。早稲田大学地域・地域間研究機構次席研究員などを経て、2023年から現職。

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