迷いを捨てきれない親心
山の帝(朱雀院(すざくいん))は、姫宮のはじめてのお産が無事にすんだと聞き、心から会いたいと思うのだが、こうしてずっと具合が悪いという知らせばかりなので、いったいどうなってしまうのかと仏前のお勤めも手に付かないほど心配している。姫宮も、こんなに弱っているのに何も食べずに幾日も過ごしているので、すっかり衰弱してしまい、これまで会わずにいた時より、ずっと院が恋しく思い出されるので、「もう二度とお目に掛かれなくなってしまうのだろうか」とひどく泣く。このようにおっしゃっている、と、しかるべき人を介して院に伝えたので、院はたえがたいほど悲しくなり、出家の身にあってはならぬことと思いながらも、夜の闇に紛れて山を出た。
前もってそのような知らせもなく、突然院がこうしてあらわれたので、主人である光君は驚いて恐縮する。
「俗世のことを思い出すまいと心に決めていましたが、やはり迷いを捨てきれないのは、子を思う親心の闇でしたから、勤行(ごんぎょう)も怠りがちで、もし親子の順番通りにいかず先立たれでもしたら、そのまま会えずに別れた恨みもお互いに残るだろう、それも情けないことだと、世の非難には目をつぶって、こうしてやってきたのです」と院は言う。出家姿になっても、優雅でやさしく、目立たないように質素な身なりをしている。正式の僧衣ではなく墨染(すみぞめ)の衣裳(いしょう)を着た姿は、申し分なく清らかに見えるのが、光君にはうらやましく思える。いつものことながら、院はまず涙を落とす。
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