日本企業が賃上げもイノベーションもできない訳 「株主価値最大化」がもたらした「失われた30年」

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この「株主価値最大化」のイデオロギーは、1980年代半ば頃から、ビジネススクールを通じて、経営者たちに蔓延していった。そして、このイデオロギーに基づく制度改革が行われたのである。

「制度改革」の嵐

その制度改革は多岐にわたるが、主なものを列記すれば、以下の通りとなる。

1982年、アメリカの証券取引委員会(SEC)は規則10b─18を制定し、自社株買いを容易にした。経営者は、報酬の一部を自社株で受け取るストックオプションを利用すれば、自社株買いによって株価を吊り上げ、自らの報酬を増やすことができる。自社株買いは、経営者の経営目的を「株主価値最大化」へと振り向ける強力な制度となった。

1978年から79年にかけて、キャピタルゲイン税の最高税率が約40%から28%へと引き下げられ、1981年には、さらに20%まで引き下げられた。法人税の減税も、2001年、03年、17年に実施された。

1979年に、従業員退職所得保障法(エリサ法)が改変された。同法は、それまで年金基金の運用者に対して「プルーデントマン」ルールという受託者義務に違反した場合には個人的責任を負うように定めていたが、その義務が緩められたため、投機的な投資が可能となり、巨額の年金基金からの資金がシリコンバレーのベンチャーキャピタルへと流れ込んだ。このシリコンバレー式のベンチャーキャピタル・モデルは、90年代には全米に広がり、株式市場は投機化した。それは、90年代後半のいわゆる「ITバブル」を生み出したのである。

1980年代以降、「コーポレートガバナンス」改革の名の下に、株主利益を最大化すべく、機関投資家の企業に対する支配力を高める制度改変が行われた。特に、公的年金基金は、このコーポレートガバナンス改革の最も熱心な実践者となり、投資先企業が採用すべき「最良のコーポレートガバナンス実務」の指針を策定した。公的年金基金のリーダー的存在であったカリフォルニア州職員退職年金基金は、株式への投資を拡大したり、機関投資家アクティビストが標的を特定しやすくするために「業績不振」企業リストの策定を主導したりした。1985年には、議決権行使助言サービスを行うISS(インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ)が設立された。こうした制度改変が行われる中、企業に「削減と分配」を迫るヘッジファンド・アクティビストの力が大きくなっていった。

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