日本企業が賃上げもイノベーションもできない訳 「株主価値最大化」がもたらした「失われた30年」
ラゾニックは、一貫して、株主資本主義に対する批判を続け、多くの論文や著作を発表し続けていたが、その彼の洞察が、この頃から、次第に高く評価されるようになってきたのである。
中でも、ラゾニックが2014年に『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌において発表した論文「繁栄なき利益(Profits Without Prosperity)」は、同誌の年間最優秀論文(マッキンゼー賞)に選出され、アメリカにおいて大きな話題となった。
同じ年には、かのトマ・ピケティによる『21世紀の資本』の英訳が刊行され、大ベストセラーとなっていた。
ピケティが示した格差拡大の要因の1つを、企業組織の観点から解明したのがラゾニックであると言ってもよい。
最も大きな賃金抑制圧力は「外国人投資家」
同じ頃、日本においても、同様の問題意識に立った研究が発表されつつあった。
例えば、2010年に野田知彦氏と阿部正浩氏が発表した研究は、2000年以降、金融機関と密接な関係を持つ旧来型の日本型ガバナンスがなされている企業では賃金が相対的に高く、外国人株主の影響が強い企業ほど、賃金が低くなっていることを明らかにした。そして、最も大きな賃金抑制圧力は、外国人投資家の影響であると結論したのである(野田知彦・阿部正浩(2010)「労働分配率、賃金低下」、樋口美雄(編)『労働市場と所得分配』慶應義塾大学出版会、第1章、3─46頁)。
さらに、2015年版の『労働経済白書』も、賃金が上がらない理由として、企業の利益処分の変化(株主重視)や非正規雇用の増大を挙げている。
このように、2010年代は、「株主価値最大化」のイデオロギーの弊害が顕著になり、資本主義のあり方そのものを転換しなければならない重要な時期であったのである。
ところが、2012年に成立した第2次安倍晋三政権は、「成長戦略」と称して、この「株主価値最大化」のイデオロギーに基づく改革を転換するのではなく、加速させたのであった。
例えば、2014年、家計の資金を投資に向かわせるための少額投資非課税制度(NISA)が導入された。また、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の公的・準公的資金運用やリスク管理体制などが見直され、ポートフォリオにおける国内および海外の株式の比率が高められた。
2015年には、企業に対する外部ガバナンスの規律である「コーポレートガバナンス・コード」が策定された。2014年8月、経済産業省の研究会が「持続的成長への競争力とインセンティブ〜企業と投資家の望ましい関係構築〜」プロジェクト「最終報告」なる文書を公表し、その中でグローバルな投資家に認められるROE(自己資本利益率)の最低水準は8%であると明記した。
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