8月14日午前、岸田文雄首相による突然の自民党総裁選不出馬宣言を聞きながら、筆者は「ああ、やっぱり岸田さんとジョー・バイデン大統領は、切っても切れない『ニコイチ』の関係だったのだなあ」と感じ入ったものだ。
察するに7月21日、バイデンさんが大統領選挙への再選出馬取りやめを発表し、その後はカマラ・ハリス副大統領が民主党の正式な候補者となり、人気急上昇となってドナルド・トランプ前大統領を圧倒せんばかりの勢いになっているのを見て、岸田さんは何か感じるものがあったのではないのかなあと。
いや、政治家にとっての出処進退は、もとより覚悟のうえであるはず。岸田さんも思い悩んだ末での決断だったことだろう。何しろポーカーフェイスの方だけに、そこは余人のうかがい知るところではない。それでも「岸田さんとバイデンさん」は、日米関係史の中でもかなりユニークな一時期を築いてきたことは間違いない。ここではこの3年間の「岸田=バイデン関係」について振り返ってみたい。
アメリカ側が民主党政権だとなぜか日本の政権は短命
これは日米関係に関する定番のような法則だが、「アメリカ側が共和党政権であるときのほうが日米関係はうまくいく」。聞いた瞬間に、1980年代のロナルド・レーガンと中曽根康弘、2000年代のジョージ・W・ブッシュと小泉純一郎、そして2010年代後半のドナルド・トランプと安倍晋三などの関係がすぐに思い浮かぶ。いずれも日本国首相がアメリカ大統領と個人的な関係を結び、そのことによって長期政権化に成功したケースである。
これに対し、アメリカ側が民主党政権のときはどうだったかというと、ビル・クリントン政権時には日本側は7人の首相(宮澤喜一/細川護煕/羽田孜/村山富市/橋本龍太郎/小渕恵三/森喜朗)が入れ替わった。バラク・オバマ時代も、前半だけで日本側は5人(麻生太郎/鳩山由起夫/菅直人/野田佳彦/安倍晋三)が入れ替わった。相性をうんぬんする以前に、なぜか不思議と日本側では短命政権が続いたのである。
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