「中宮彰子の出産後」に紫式部を襲った"深い憂鬱" 夜が明ければため息をつき、1人思い悩む日々
元々、宮仕えをどうしてもしたいと思い、この世界に入ったわけでもないのです。(辞めたいな)という気持ちが紫式部の心を占めていたのでした。とは言え、急に辞めることもできない。(そのような想い、忘れよう、忘れよう)と紫式部の心は動揺していたのです。
紫式部は「水鳥も、外見はあのように、何も気にかかることなく遊んでいるように見えて、実は苦しいのだろう」と水鳥の「本心」と自分(紫式部)の心を重ね合わせたりしています。
心が晴れない時間が続く
そのようなときに、小少将の君(中宮彰子の女房。父は源時通。時通は、彰子の母・源倫子の同母兄弟)から手紙が届きます。
紫式部が返事を書くときに、時雨が降り、曇り模様になりました。「空模様も私と同じ。心騒いでいるよう」と記して、歌を添えて使者に託します。憂鬱な想いを断ち切ろうとしても、すぐにできるものではありません。紫式部の心は晴れないままでした。
(主要参考・引用文献一覧)
・清水好子『紫式部』(岩波書店、1973)
・今井源衛『紫式部』(吉川弘文館、1985)
・朧谷寿『藤原道長』(ミネルヴァ書房、2007)
・紫式部著、山本淳子翻訳『紫式部日記』(角川学芸出版、2010)
・倉本一宏『紫式部と藤原道長』(講談社、2023)
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
無料会員登録はこちら
ログインはこちら