今回、利上げによってある程度の円安が解消され、さらなるインフレへの懸念は遠のいた。しかし、金利と為替レートだけ見て、問題が解決したと思うのは早計だ。金利を上げ続ければいずれ景気が冷え込む。
「外国のために何ができるか」が大切
日本の根本的な問題は、円安という恩恵があったにもかかわらず、これまでのように日本製品が売れなかったことにある。その背景には、少子高齢化により労働力人口が減少しており、生産力を伸ばせないといった構造的な問題がある。
小説『きみのお金は誰のため』の中でも、日本経済が直面している問題について、先生役のボスが警鐘を鳴らしている。
最近になって日本は大幅な貿易赤字に転落しているという。かつて、その品質の高さから飛ぶように売れていた日本製品だが、外国も技術的に追いつき、輸出を増やすのは簡単ではないらしい。加えて、高齢者人口が増える中、医療や介護の分野で働く人手を確保する課題も抱えている。
「輸出が増えないからといって、輸入をおさえるのも難しいですよね」
と七海もしぶい顔をする。食料やエネルギーの自給率の低い日本は、小麦などの食料品や、発電に必要なエネルギー資源を海外に頼っているそうだ。
「七海さんの言うとおりや。食べ物や電気は生活必需品やから、輸入をがまんするわけにもいかへん。これが高級ブランドのバッグなら、がまんすればすむ話やけどな」
しかし、貿易赤字が増えると本当に困るのだろうか。優斗の頭に疑問が浮かんだ。
「貿易赤字って、外国にお金が流れるのが悪いんでしょ。だったら、お金を印刷しちゃえばいいんじゃないですか」
「おもろいアイディアやな。せやけど、問題は国内にある日本円が足りなくなることやない。外国が日本円を大量に持つことや」
日本円を使うことで、外国の人たちは、日本製品を買ったり日本を旅行したり、さまざまな形で日本の人に働いてもらえる。もし、外国の人たちが大量に日本円を保有するようになって、それを使い始めたら、日本にいる僕たちは、自分たちの生活だけでなく、外国のためにもたくさん働かなければいけなくなる。
それこそが将来のツケになるとボスは言う。
「でも、それって、ふせげませんか」
優斗は、その話を自分の国に置き換えて考えてみた。
「僕の国で発行したサクマドルを外国の人たちがたくさん持っているのと同じなんでしょ。サクマドルを使わせなくしたらいいじゃないですか」
その反論に、ボスは首を振った。
「そうは問屋がおろさへんで。日本円が使い物にならへんと、外国の人たちは日本円を欲しがらなくなる。日本円の価値が下がって、誰も食料や石油を売ってくれへんやろな。そうならんためにも、貿易赤字は無視でけへん」
『きみのお金は誰のため』191ページより
食料、エネルギー、資源など生活に必要な商品を外国に頼っている日本は、国際市場を無視できない。外国のために何ができるか(外国にどんな製品を売れるのか)を真剣に考える必要がある。それが難しいのならば、自給率を高めることを考えないといけないだろう。
さきほど、外貨投資で円安に備えられると書いた。新NISAは岸田政権が掲げる「資産所得倍増プラン」の一環だが、それだけでは資金に余裕がある人しか救われない。
また、新NISAによって上半期だけで6兆円以上の資金が外貨投資に回っているわけだが、それ自体が円安を進めている一面もある。
結果だけ見ると、個人の外貨購入によって押し上げられたドルを、政府日銀が高値で売って(5兆~6兆円規模のドル売り介入)儲けたように見える。もちろん、政府が意図的に行っているとは思わないが、やっていることがチグハグに感じられる。
利上げによる円安回避はただの時間稼ぎにしかならないだろう。利上げを続けて景気が冷えこむ前に、何らかの方策を打たねばならない。
くれぐれも、総選挙までの時間稼ぎという意味ではない。
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田内 学
お金の向こう研究所代表・社会的金融教育家
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たうち・まなぶ / Manabu Tauchi
お金の向こう研究所代表・社会的金融教育家。2003年ゴールドマン・サックス証券入社。日本国債、円金利デリバティブなどの取引に従事。19年に退職後、執筆活動を始める。
著書に「読者が選ぶビジネス書グランプリ2024」総合グランプリとリベラルアーツ部門賞をダブル受賞した『きみのお金は誰のため』のほか、『お金のむこうに人がいる』、高校の社会科教科書『公共』(共著)などがある。
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