陸幕衛生部も手足からの出血の制御がいちばん大事だという認識には違いがない。衛生部は「適切な処置を施せば救命可能な戦死原因の90%を手足からの出血による」との認識である。だが、米軍が公表しているCLS (Combat Life Saver) の教育資料の第1章に掲載されている「戦死原因の表」の統計から戦闘死のうち約16%は救急処置~治療・後送システムの充実により救命可能であると分析できる。その約6割を「四肢からの大出血」、約3割を「緊張性気胸」、残りの約1割を気道閉塞等が占めるとして各国は衛生の充実に取り組んでいる。
約60%であるはずの「四肢からの大出血」を90%だとなぜ主張するのか、それはボディアーマーに関する過信が原因ではないか。衛生部は頭部はヘルメット、胴体はボディアーマーで保護されており、負傷するのは四肢だけである、ゆえに現行のセットで対処可能だと主張する。
だがボディアーマーで小銃弾を止めることができるのは、前後に装備されているアーマー・プレートだけである。これで保護されているのはボディアーマーのごく一部に過ぎない。また銃弾の貫通をアーマー・プレートで阻止できたとしても、肋骨が何本も同時に折れてしまえば、あまりの痛みに呼吸が出来なくなり放っておけば死んでしまう。それ以外の部分では砲弾の破片などを止めることが出来るだけだ。砲弾などの鋭利な破片にしても完全にボディアーマーで防御できるわけではない。ヘルメットも同様に基本的に小銃弾を防げない。そしてボディアーマーの腕周りや下部から銃弾が入ること少なくない。
ボディーアーマーを付けていても損傷は受ける
つまりボディアーマーを着ていようが、胴体が銃創や砲弾破片などによる損傷を受ける可能性は高い。実際、イラクやアフガニスタンの戦闘では腕周りから銃弾が肺に入るケースが多くあった。諸外国ではこのため首周り、肩部分、腹部側面、下腹部に追加パーツを装着するケースが増えている。陸自のボディアーマーは胴体側面や肩周りなどを十分に保護しているとは言いがたい。
陸自でも遅まきながら平成26(2014)年度の予算からボディアーマーの防御力を強化するタイプを導入したが、全隊員に行き渡るのは長い年月を要するだろう。また、それが導入されたといっても胴体の銃創被害をゼロにできるわけではない。またアーマー・プレート1個は数キロと極めて重いために、通常は装着しないことが多い。つまり奇襲を受けた時、装着していない場合もあるだろう。ボディアーマーや防弾ベスト外傷について、知らなすぎではないのか。
負傷者の記録は後送や治療の順番を判断するために極めて重要である。負傷者記録カードに関しては陸自では救護員(衛生兵)が保持し書くことになっているという。だがこれは現実離れしている。彼らはひとりで戦闘隊員を助手として運用しながら最大10名程の患者を担当する必要があるため、記録している余裕など無い。
対して米軍では3万例の負傷例のうち、戦場での記録が10%に満たなかったことから全将兵が負傷者を観察し、カードをかけるように訓練されている。対して陸自の救護員(衛生兵)は一個中隊あたり1~3名にすぎない。1名ならばたったひとりで数十人の負傷者を担当せざるをえない場合が出てくるだろう。対して米陸軍では、1個小隊にひとりMEDICが配置されている。負傷者記録カードはむしろ陸自の方がより必要だろう。
このように検証すれば陸自の「個人携行救急品」と米陸軍のIFAK IIが「ほとんど同じ」とは言いがたい。また米軍などでは戦闘に際しては痛み止めや止血剤、抗生物質などの内服薬のパッケージを個々の将兵に支給するが、これも自衛隊には存在しない。
筆者は2014年6月にフランス、ユーロサトリでフランス軍衛生部展示ブースにて、仏軍個人医療キットについて取材をした。仏軍は近年のアフガニスタンやアフリカでの戦闘の際、個人用ファースト・エイド・キットの内容品不足が露呈したため、米軍のIFAKを参考に改良した。2010年以来下記のとおりのものを備えている。
上記の内容品を納めたポーチを雑のう等に収納し、止血帯SOFTTのうち1本は、「救命器具」として必ず手の届く場所に太い輪ゴム等で装着する。仏軍の個人用ファースト・エイド・キット改良の方針は、MEDICが携行する医薬品を個人に分散して携行させることだった。MEDICが予想される負傷者数の輸液ボトルを携行した場合、重量過多で行動できなくなってしまうためである。
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