現行の救急キットでは多くの自衛隊員が死ぬ 戦闘を想定した準備はできていない<下>

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 だがこの諸外国の実態の調査には、陸幕の衛生部や衛生学校から人員は派遣されないという。視察に行くのは内局の衛生関係者だけである。陸幕の衛生の大元である衛生部や研究や教育を担当する衛生学校、また海空の衛生関係者こそ、積極的に海外視察に行くべきではないだろうか。

気前よく秘密を話す軍隊など無い。見せてくれるものは「unclassified」と公開制限の無い大した影響のない内容だけである。IFAK IIのアイテム数が当初の18から12に減った本当の理由にしても、知りたければさまざまな視点から専門的な分析をする必要がある。今回話しを聞いた限り、そのような積極性はまったく感じられず、当事者意識が欠如しているように思えた。

今回の取材では「正確を期すために」行われたはずの書面での質問と回答のやりとりとの食い違いや、現実を無視した机上の空論的な説明も多かった。このようなお寒い衛生の態勢で、島嶼防衛やゲリラ・コマンドウ対処などの国内有事は勿論、法改正をおこなってPKOなど海外での軍事活動に積極的に自衛隊を派遣した場合、他国の軍隊では助かって当然の命や手脚を失う隊員が続出することが予想される。

繰り返すが自衛隊は戦争という実戦を想定してない。演習や訓練をこなすことだけで良し、としてきた。それは兵隊ごっこに過ぎない。ゆえに自衛隊の衛生は根本から軍隊より劣っているのだ。

国会の審議に欠けていること

国会の審議では法律の文言や解釈ばかりを議論しているように見えるが、政治家はもっとこのようなお寒い現実に目を向けるべきではないだろうか。筆者は常々「自衛隊の常識は軍隊の非常識」と公言してきたが、恐らくの殆どの政治家がこのような自衛隊の浮世離れした「戦争・戦闘に対する準備」の状態をまったく知らずに国会で議論を戦わせているのではなかろうか。

衛生に関する法的な不備は、単に医師法などの法律の一部改正で十分に対処できる。憲法改正も憲法解釈の変更も必要ない。自衛隊の能力強化を高めるのであれば、本来現行法下で可能なこのような改革を積み上げるべきだ。それで対処がでないことに関しては憲法解釈や憲法改正を行うべきだろう。自衛隊の任務拡大の前に、きちんと実戦で戦うための体制を作る必要がある。

そのような努力を与党はもちろん、野党もしてきたとは言い難い。国防族と呼ばれる議員の多くはこのような現実を直視することもなく、防衛費の増大と自衛官の増員ばかりを叫んできた。プロ意識と当事者意識が欠如しているとしか思えない。

問題意識を持って、そのような地道な改革を行うこともなく、現状を見ようともせずに、嬉々として空理空論的に集団的自衛権や憲法解釈などを論じても、それは言葉遊びにしか過ぎない。そのような認識で改正をおこなえば、誤った方向に国を導くことになりかねない。率直に申し上げて国会の論戦は空理空論を振り回す観念左翼の活動家とベクトルの方向が違うだけで同じレベルであり、無責任である。

その政治の無策と夢想のツケを血で払うのは現場の自衛官であり、われわれ国民である。

清谷 信一 軍事ジャーナリスト

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きよたに しんいち / Shinichi Kiyotani

1962年生まれ、東海大学工学部卒。ジャーナリスト、作家。2003年から2008年まで英国の軍事専門誌『ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー』日本特派員を務める。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関Kanwa Information Center上級アドバイザー、日本ペンクラブ会員。東京防衛航空宇宙時評(Tokyo Defence & Aerospace Review)発行人。『防衛破綻ー「ガラパゴス化」する自衛隊装備』『専守防衛-日本を支配する幻想』(以上、単著)、『軍事を知らずして平和を語るな』(石破茂氏との共著)など、著書多数。

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