奈良公園の「シカの糞」観察続けた60歳彼の半生 糞虫に魅せられ45年、退職金で博物館を設立

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「世の昆虫少年の例に漏れず、夜寝る前は母が『ファーブル昆虫記』を読んでくれていました。でも当時は本よりも、とにかく生きた虫が大好きでした。餌を食べるかと思ったら食べなかったりと、予測不能な動きをするところが面白いんですよね。

生駒山に昆虫採集に連れて行ってくれた父の信条は『好きなことを一生懸命やればいい』というもので、その言葉通りに過ごしていました」

糞虫館
糞虫館の開館は土日の午後のみ。基本的には中村さん本人が在廊しており、糞虫について聞きたいことがあれば何でも教えてくれるアットホームな雰囲気も人気のポイント(写真:著者撮影)

そんな中村さんに大きな変化が訪れたのは、中学生のときのこと。

夏休みの宿題で、友達が提出した見事な昆虫標本を見て衝撃を受けた。綺麗な瑠璃色をした昆虫に魅了され、それがルリセンチコガネという糞虫であることを知った。そしてなんとこの魅力的な糞虫は、家の近くの奈良公園にたくさん生息しているという。

それ以降、昆虫標本を作成した友達が師匠ともいうべき存在となり、2人で奈良公園に行っては糞虫を採集し続けた。

「糞虫って図鑑にも載ってないことが多かったですし、当時は飼育方法が確立されていませんでした。なので、どういう種類の糞虫がどのようなフンを好むのかなど、試行錯誤するのが面白かったんです」

奈良公園
学生時代の中村さん(右)。奈良公園で糞虫の実験をしているときの様子(提供:中村圭一さん)

師匠とともに生き物好きの同級生を集めて昆虫同好会を結成。それぞれに贔屓の昆虫がいたが、奈良公園に行っては糞虫を観察して、さまざまな環境で実験も行った。

「奈良公園がフンまみれにならないのは糞虫がいるから」とまとめて学園祭で発表。まさに寝ても覚めても糞虫の世界に没頭し続けた日々だった。

そんな昆虫同好会の様子を見た生物の先生は、理解を示してくれ応援してくれるように。生物教室にある水槽などの道具を使わせてもらい、犬のフンと鹿のフンを持ち込んで、糞虫はどちらを好むか調べる実験などを行っていた。

「やはりフン、ウンコですから家でなかなか実験できません。かといって学校ならいいわけではありませんが、生物教室は普通の教室と反対側の建物にあったのでそっと実験させてもらっていました。他の生徒はどういう目で見ていたかはちょっとわかりませんけどね(笑)」

ときには24時間ぶっ通しでフンを観察し続けたこともあり、そうした地道な活動を続け、日本学生科学賞奈良県知事賞を受賞したことは大きな誇りとなった。

第二の人生でも好きなことを貫く

大学進学後は農林中央金庫に就職。しかし、糞虫活動はもはや生活習慣になっていたため、大人になっても途切れることはなかった。

「転勤族でしたが、行った先々で虫捕りは続いてましたね。国内だけでなく海外は6年ほど中国勤務だったこともあり、そのときは楽しかったですよ。新疆ウイグル自治区に行くと、あそこはヒツジの放牧をしてますからね。あのときはたくさんの種類の糞虫が捕れましたよ」

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