昭和世代には懐かしい「ヘチマ」見直される"良さ" 静岡県浜松市の市民団体が復活・普及に奮闘中
昭和世代にとって「ヘチマ」と聞けば、「学校で育てた」など懐かしく思い出し、ヘチマスポンジ(ヘチマたわし)を連想する人もいるだろう。
しかし、Z世代の若者や子どもたちは、ヘチマが植物の一種だとは知っていても、スポンジなどの日用品に活用できるとは思いもよらないのではないか。
高度経済成長期に安価なプラスチック素材の日用品が普及し、農家の多くはヘチマ栽培をやめ、収益性が高い農作物に転換した。今の若者たちが生まれる前に日本のヘチマ産業は衰退していたので、知らないのも無理はない。
浜松の「ヘチマの歴史」を次世代へ
静岡県浜松市内の小高い丘の上に、天下人となった徳川家康が築いた浜松城が建っている。約120年前の浜松は、国内有数のヘチマ産地として知られていた。
ヘチマはかつて、スポンジ、スリッパ、背中を洗うボディータオルなどの日用品の素材として使用されていた。また、アメリカやイギリス、ドイツ、フランスなど欧州向けに、主に船舶重油の濾過(ろか)や機械器具類の洗浄用素材としても輸出されていた。
現在、浜松市内ではヘチマスポンジの加工会社は確認できた限り1社のみで、そこでは海外から輸入したヘチマを使っているという。
そんな同市でヘチマ栽培を復活させ、以前のようにスポンジなどに活用し、環境保全につなげようという市民団体の活動に賛同の輪が広がっている。
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