でも、半年経って、その関連書はいまやほぼ残っていないという。明らかにいい商品を作ることよりも、売ることに意識がいっている。はたして、ユーザーや業界にとってこれが健全な姿なのかと。まあ、何度も言うようにそういう時代なのでしょうけど。
岩佐:僕も出版をほそぼそとやっていたのでわかりますが、出版業界は何かヒット作が生まれると、2匹目、3匹目のドジョウが大量に出てきます。トレンドをあっという間に消費してしまう。そんな状況下では、いい企画は生まれづらいでしょうし、自分たちの首を自ら締めているように見えますね。
常見:岩佐さんのように、自らブームを作るような、それも簡単にまねできないようなものを作る姿勢が、こんな時代だからこそ求められていると思います。
里山十帖というメディア
常見:2014年に「里山十帖」をオープンするまで、岩佐さんは編集者として活躍されていたわけじゃないですか。門外漢がいきなり宿を経営する。しかも決して観光地として恵まれた土地でもない。そんな状況下で、勝算はあったのでしょうか?
岩佐:最初に融資をお願いした銀行からも「データから計算すれば、必ず失敗する」とお墨付きをいただきました(笑)。破産してしまう可能性もあったので、不安で眠れない日もありましたよ。しかし、勝算はオープンする前からずっとありましたね。
やっぱりそれも実際に10年間、魚沼に住んだからこそなんです。データでは長野県の軽井沢や伊豆・箱根などほかの観光地にもかなうはずがない。でも実際に住んだからわかる、自然や食文化など、ほかの土地には絶対にない魅力を発掘・発信できると気付いたわけです。
常見:まさに、データではわからない魅力に触れたということですね。本の中では、宿づくりは本を編集することとまったく同じだと書かれています。宿そのものにもこだわりがあるのでは。
岩佐:正直言って、真新しい技術や設備はまったくありません。ただしお客様にどんな体験をしていただくか、コンセプトづくりには力を注ぎましたね。僕は「宿はライフスタイルのショールーム」だと思っています。だから、お客様が使う椅子やベッドもすべて僕たちが選んだ「おすすめできるもの」しか置いていません。それもひとつのものを置いてあるだけでは面白くないので、椅子だけでも20種類以上のものを用意していますね。
常見:「里山十帖」の12部屋を見ても、それぞれにまったく異なるテーマがあります。そこがやはり編集者らしい考え方だと思いました。
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