グローバリズムに変質しない「国際主義」は可能か 実践しえない「無窮の実践」というパラドックス

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中野:そういうことかもしれないですね。ちなみに、マックス・ウェーバーが理念型の話をするときにも都市経済を例示しています。われわれは、ハンブルグ、東京、ロンドン、ニューヨークの4都市を見ても、それぞれまったく異なる都市だけど、それらを「都市経済」として理解している。抽象概念としての「都市経済」は普遍的ですが、実在するのは、あくまでハンブルグ、東京、ロンドン、ニューヨークといった個別具体の都市の経済であって、抽象的な「都市経済」は実在しない。

中野 剛志(なかの たけし)/評論家。1971年、神奈川県生まれ。元・京都大学工学研究科大学院准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文‘Theorising Economic Nationalism’ (Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『小林秀雄の政治学』(文春新書)などがある(撮影:尾形文繁)

先ほどの神の話だと、「神が多くの名前である」よりも、「神は多くの名前を持つ」に近い。

古川:ウェーバーの場合はそうですね。共通の本質を理念として抽象している。

中野:「神が多くの名前である」というのは、ちょっと理解し難いですね。神という存在をA・B・C・Dと個別に名付けて、いろんな神がいるんだって言っているけれど、「神」と言っている時点で、神と神じゃないものの区別をつけていて、個別具体的なA・B・C・Dという神の中に「神」という普遍的な概念があると言っているわけですよ。

このように、抽象的なレベルでは通約可能だけど、具体的なレベルでは通約不可能ということなのではないでしょうか。

佐藤:個別的な経験は通約不能で、抽象的な観念のみが通約可能というのは、インテリの自尊心をくすぐるんですよ。自分たち以外に、文化の相互理解を担える者はいないことになりますから。しかしピーター・ブルックの仮面の話が示すとおり、それは多分にうぬぼれだと言わねばなりません。

古川:体験のレベルでの通約の可能性そのものは、九鬼も否定はしないと思います。というか、そもそもそれは否定も肯定もできない。わからないからです。

西洋人が、いわば本物の「いき」を体験することだって、当然あるでしょう。逆に、日本人でも「いき」がわからない人はいくらでもいます。私も全然わかりませんし(笑)。

でも、そういう体験のレベルで本当にわかっているかどうかなんて、確かめられないですよね。自分たちがわかり合えているかどうかを確かめるためには、言葉によるほかない。けれども、言葉にしたとたん、それは体験の直接性を離脱してしまう。九鬼が問題にしているのはそういうことです。

ですから、インテリかどうかというのは、あまり関係のないことではないかと思います。誰だってそうなのですから。

ユニバーサルとグローバルの違い

中野:関連して、もう一つ、ユニバーサル(普遍)とグローバルの違いについて指摘したいと思います。ユニバーサルは個別の中に抽象的なものとしてあるが、グローバルは具体的で、個別的な違いを無視して一律にするものです。

たとえば、世界中をキリスト教にすることはグローバルですが、宗教を認め、そしていろんな種類の宗教を認めることはユニバーサルです。だからユニバーサリズムとグローバリズムとは別物です。ユニバーサリズムとグローバリズムを混同することは、グローバリズムとインターナショナリズムを混同することと同じくらい誤解のもとになってるんじゃないか。

ユニバーサルをグローバルと勘違いした者が、ユニバーサリズムと称して、世界中を一つの型でならそうとするのが問題なのです。その意味では、九鬼周造の議論は最初から最後まで、グローバリズムが入る余地はないですね。

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