グローバリズムに変質しない「国際主義」は可能か 実践しえない「無窮の実践」というパラドックス

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中野:次に、佐藤さんのご意見を伺えますか。

『マッドマックス』も「いき」ではないか

佐藤:九鬼周造にはまったく詳しくないものの、古川さんの論文は非常に面白く拝読しました。言語と翻訳の問題をめぐる施さんの発言も、たいへん重要だと思います。

佐藤 健志(さとう けんじ)/評論家・作家。1966年、東京都生まれ。東京大学教養学部卒業。1990年代以来、多角的な視点に基づく独自の評論活動を展開。『感染の令和』(KKベストセラーズ)、『平和主義は貧困への道』(同)、『新訳 フランス革命の省察』(PHP研究所)をはじめ、著書・訳書多数。さらに2019年より、経営科学出版でオンライン講座を配信。これまでに『痛快! 戦後ニッポンの正体』全3巻、『佐藤健志のニッポン崩壊の研究』全3巻、『佐藤健志の2025ニッポン終焉 新自由主義と主権喪失からの脱却』全3巻が制作されている(写真:佐藤健志) 

ただし九鬼の思想については、無自覚な前提が議論にいろいろ入り込んでいる印象を受けました。そのせいで論理的に話を展開すればするほど、結論がおかしくなってくるというのが正直な感想です。

では、具体的にどこが引っかかったか。まずは、普遍主義と個別主義の分類が曖昧な点です。九鬼は最初、「いき」の理念自体は普遍的で、欧米人にも理解しうると主張しましたが、その後、「いき」は日本の特殊性のもとに成り立っているので、欧米人にはせいぜい表面をなぞることしかできない、そんな普遍性はニセモノだと主張するにいたりました。

異質な文化が生み出した表現を、ただ模倣してもニセモノに終わる。これは確かに正しい。ただし、そのことをもって「いき」の理念に普遍性はないと結論づけていいだろうか。

「いき」の理念自体は普遍的だが、具体的な表現との対応関係は文化ごとに違っていると考えることもできるわけです。この場合でも、日本流の「いき」の表現を外国人が模倣したらニセモノに終わる。しかしそれは、「いき」の理念を理解できるのが日本人に限られるからではありません。外国人ならば、自国の文化を踏まえた形で「いき」を表現しなければならないのに、それをやっていないというだけの話。

オーストラリアの映画監督ジョージ・ミラーは、代表作『マッドマックス』シリーズについてこうコメントしています。いわく、『マッドマックス』はオーストラリア独自の自動車文化を踏まえたカーアクション映画であり、その意味では特殊性が高いが、英雄神話という点では普遍的だ。物語の舞台が日本だったら、主人公マックスは侍になる。アメリカなら流れ者のガンマン。バイキングの勇士になることもあるだろう。しかし、本質は変わらない。自分が「個別の特殊性」にこだわる立場を取っているという以外に、九鬼はこれを否定する論理を持ちえているのか。

現に「日本的性格について」に登場する都市のたとえは、普遍主義の発想に基づいています。個別主義に立つのであれば、「異なる文化に生きる国民は、それぞれ違った都市に住んでいる。同じ都市を違った角度から見ているように思いたがるかもしれないが、それは錯覚である」と言わねばなりません。ミイラ取りはこうしてミイラになるのです。

続いて文化の「通約可能性」について。どうも九鬼は、言語を使って抽象性や観念性を高めることだけが、文化間の相互理解を可能にすると思い込んでいるふしがある。そのような「翻訳」は、ナマの人生体験から遠ざかってしまうので、実感をもって理解したことにはならないというわけです。

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