グローバリズムに変質しない「国際主義」は可能か 実践しえない「無窮の実践」というパラドックス

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古川:このことを九鬼は、都市の例を使って、わかりやすく説明しています。

たとえば同一の都市を色々違ったところから眺めたようなものである。都市そのものは同一であっても、それを眺める者の占める位置によって同一の都市が各々ちがった姿や感じを提供するのである。世界全体を一つの都市に譬えれば、各国の文化的個体はその一つの都市を眺めるそれぞれちがった仕方のようなものである。且また、現実としては、それぞれの立場から眺められるその都市の各々違った諸々の姿や感じから遊離したその都市の姿そのもの、感じそのものというようなものはない。その都市そのものというようなものは諸々の姿や感じの中に綜合的に与えられるのである。要するに文化的個体は歴史的、風土的に各々規定されている。世界的文化というものは各々の文化的個体の綜合の中に与えられるのである。

これが、「個別」と「一般」、あるいは「部分」と「全体」の関係です。

自然科学や数学にも国民的性格は現れる

古川:このたとえに基づいて言うと、日本主義とは「一つの都市を眺める日本人の国民的な独特な仕方」を「日本的性格」として自覚すること。他方、世界主義とは「自己の特殊な仕方の外にも他の多くの仕方のあることを知って、各々違った立場から眺めているものが同一の都市であることを認める」ということです。

古川 雄嗣(ふるかわ ゆうじ)/教育学者、北海道教育大学旭川校准教授。1978年、三重県生まれ。京都大学文学部および教育学部卒業。同大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)。専門は、教育哲学、道徳教育。著書に『偶然と運命――九鬼周造の倫理学』(ナカニシヤ出版、2015年)、『大人の道徳:西洋近代思想を問い直す』(東洋経済新報社、2018年)、共編著に『反「大学改革」論――若手からの問題提起』(ナカニシヤ出版、2017年)がある(写真:古川雄嗣)

そして、「同一の都市であるという同一性に世界的性格が見られる」。したがって、「日本的性格と世界的性格、日本主義と世界主義とは乖離的に対立するものではない。むしろ相関的に成立するものである」ということになるわけです。

面白いことに、九鬼は、最も客観的な自然科学や数学、今日であれば経済学や経営学を加えてもよいと思いますが、そこにも実は国民的性格が現れると言っています。

例えば、エネルギーの法則において、イギリス人のジュールは実験によって基礎を築き、ドイツ人のマイヤーは観察から一般的原理を推論し、フランス人のカルノーは特殊的なものに注目してエントロピー増大の法則を立てた。

これらはそれぞれ、経験から出発して帰納的推論を重視するイギリス人、合理的推論と一般原理を重視するドイツ人、一般法則からこぼれ落ちる例外的・特殊的なものに注目するフランス人という、それぞれの国民的性格を現している。このように、「超国民的」な科学的研究においても、実は「一種の国民的分業が行われている」と九鬼は言うんです。

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