話はずれるが、シンイチさんは自治体の正規職員である。年収は約500万円。「公務員は失業給付が出ないのでクビになれば即無収入。私は中途採用なので退職金も100万円ほどです」と言うが、経済的に困窮しているわけではない。
なぜ取材に応じようと思ったのか
では、なぜシンイチさんは貧困がテーマの本連載の取材に応じようと思ったのか。理由を尋ねると、「人間関係が安定していると発達障害の特性からくる欠点って、かなり抑えられるんです」と言う。どういうことか。
シンイチさんによると、友人や同僚に恵まれた韓国では障害特性が原因のトラブルはなかった。また、仲のよい友達がいた小学校中学年のころだけは、教師からも「落ち着きが出てきた」と評されたという。そのうえで韓国での生活をこう振り返る。
「韓国人は不満もはっきり口にします。学生たちは私の授業に意見があるときは『わかりづらい』『おもしろくない』と直接言ってきたものです。(自分の行動に)問題があれば面と向かって批判もされましたが、後になって根に持たれることはありませんでした」
シンイチさんは多くを語らなかったが、少なくとも彼にとっては日本社会独特の人間関係の乏しさ、不寛容さが自身の生きづらさと関係していると、言いたいようだった。
私自身はプライベートで、韓国の友人と政治や社会の問題について話をすることがある。韓国にも陰口やいじめはあるので一概には言えない。ただ本音と建て前を使い分けがちな日本人のコミュニティーよりも、正面切っての意見の対立をいとわない傾向のある韓国人との関係のほうが居心地がよいと感じることは、正直ある。
「発達障害者が生きづらいかどうかは、結局人間関係次第だと思うんです」とシンイチさんは繰り返す。それゆえに「これからも“普通の人”を装って独りで生きていくしかないんです」とも。シンイチさんに悲壮な覚悟を強いるのは何か。その正体を思うと、私も息苦しさを覚えた。
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