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村上春樹『風の歌を聴け』が表現する日本的感性 「他人とは分かり合えない」から始まる人間関係

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  • 浜崎 洋介 文芸批評家、京都大学経営管理大学院特定准教授
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柴山:「全体性」に行くならそれなりのやり方があるだろうって。

藤井:そうなんですよ!

柴山:例えばオウム真理教を取材して現実にコミットするなら、文明論的な広がりを期待してしまうのはありますね。評論家と小説家の違いはあるにせよ、コミットするなら国際政治や宗教対立の現実にもちゃんとコミットしてほしい。

「ニヒリズム」との付き合い方

川端:でも、この作品の後半の方を読むと、「デタッチメント」って言ってしまうのは不正確な感じもするんですよね。それなりに、人間や社会に対するコミットメントがあると思うんですよ。例えば第三十一節の後ろの方ですけど、「人並外れた強さを持ったやつなんて誰もいないんだ。みんな同じさ。何かを持ってるやつはいつか失くすんじゃないかとビクついてるし、何も持ってないやつは永遠に何も持てないんじゃないかと心配してる。みんな同じさ。だから早くそれに気づいた人間がほんの少しでも強くなろうって努力するべきなんだ」と。

藤井:さっき僕が言ったことはまさにそう。

川端:その通りですよね。それに続けて、「振りをするだけでもいい。そうだろ? 強い人間なんてどこにも居やしない。強い振りのできる人間が居るだけさ」とあるのは、人間の本質を正確に描いているように思いますよ。

その次の節でも、デレク・ハートフィールドという架空の小説家のセリフとして引用しているんですけど、「人生は空っぽである、と。しかし、もちろん救いもある。というのは、そもそもの始まりにおいては、それはまるっきりの空っぽではなかったからだ。私たちは実に苦労に苦労を重ね、一生懸命努力してそれをすり減らし、空っぽにしてしまったのだ」と書くわけです。これは明らかに、デタッチメントというよりは、コミットメントの対象が失われることに対する哀愁や郷愁でしょう。

柴山:なんというか「同志」に語りかけているんですね、同じ感覚を持った人に。ビールを飲みながらね。しかし、ビールを飲むことの楽しさをこれほど肯定的に描いているものも珍しい。ニヒリズムとスレスレなんですけどね。

藤井:そうなんですよ、ほんと、『方丈記』ですよね。

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柴山:ただ無常を感じることと、無常を表現することは違うじゃないですか。無常に浸っていただけでは表現への意欲は出てこないわけで、表現するってことはやっぱり「伝達」を信じているからなんですよね。本物のニヒリストなら表現なんかしない。何か希望があるから書くんじゃないんですかね。

浜崎:その希望にどこまで村上春樹が正直になれたかっていう問題なんでしょうね。

藤井:「職業としての小説家」ってつらいですね。

柴山:それはありますね! 書くことがなくなっても書かないといけないから。

藤井:でも、書くことなんて青春時代で終わってしまうから。

柴山:若いときの何か伝えたいけど伝えられないもどかしさって、年齢が上がってくるとなくなってくるというのはありますね。

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