なぜ戦争に訴える?ロシアの根源感情を読み解く ロシア独特の「陰鬱」や「憂鬱」の背景

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この根源感情は、人間的な営為のすべてを飲み込む「原初的自然」である。すべては大自然、母なる大地へとつながっており、人間の営みも文化も原初的な自然から切り離すことはできない。それは、人間と自然を分離し、自然を人間という主体に従属するものとみなす西欧の知性的な文化と対極にあった。

「ロシア人にあっては、自然と人間の魂の間には血のつながりがある」のだ。このつながりがなければロシア人ではない。そしてそこに、自然を対象化し合理的に理解しようとする西欧文化に対する強い反発も生まれるのであろう。

だが、この根源的な自然にまで降りて人間性をみるとは、その根源にほとんど理解不能な深く暗い闇をみることでもあろう。そこにロシア独特の「陰鬱」や「憂鬱」が立ち現れる。

ドストエフスキーの『地下生活者の手記』のように、地下室の真っ暗な闇、病的な陰鬱さのさなかをロシア的精神はあてどなくさまようことになる。

それゆえ、ロシアの「憂鬱」は、たとえばパリにいたボードレールのように文明化された都市的人間を襲う憂鬱とはまったく違っており、深い根源的な原始性から直接漂ってくる、人間存在そのものを襲う憂鬱であった。

だからこそ、逆にまたこの陰鬱な原始の森からの全面的な解放をロシア人は求める。そこに「自由への熱狂的な情熱」がでてくる。それは、西欧近代思想が理性の旗のもとに掲げた「自由への平等な権利」や「幸福追求の権利」などというものとはまったく違っている。自由と解放は、地下生活者が逆説において求める狂気というべきものであろう。それはロシア流の「革命の精神」なのである。

国境が確定しない不安定な国家

ロシア史をざっと眺めれば、ロシア的な憂鬱は、実に歴史的背景をもっていることがよく分かる。それはまずは何より、その地理的条件をみれば一目瞭然だろう。

時代区分を無視して大雑把にいえば、ロシアの東には、13世紀から17世紀初頭まで巨大帝国を作った騎馬民族のモンゴル帝国がある。西には、反宗教改革の戦闘教団というべきイエズス会のカトリック大国ポーランド王国と、13世紀以来のローマ・カトリック大国リトアニア大公国がある。

その北方にはドイツ騎士団がいすわり、大国スウェーデン王国がかまえている。ポーランド王国の背後に神聖ローマ帝国、後にはプロシアが控え、その南にはハンガリー王国とその後続であるオーストリア・ハンガリー帝国が横たわる。さらに南にいけば、イスラム教のオスマン帝国が陣取っている。

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