現代アート「1980年代」「1990年代」圧倒的な違い 現代アートの文脈を見出すことが難しくなった

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なお、エンヴェゾーは2013年のベネチア・ビエンナーレのディレクターにも選ばれています。ベネチア・ビエンナーレのディレクターにアフリカ出身者が就いたのはそれが初めてでした。

マルチカルチュラリズムやポストコロニアリズムの動きは人々の関心を「中央」から「辺縁」へと分散させ、アートにおいても「主流」や「傍流」といった言い方が次第に意味を成さなくなっていきます。

1990年代に起きた「変化」

1990年頃になると、現代アートの文脈を見出すこと自体が難しくなります。全体を覆うような傾向は希薄となり、個別の活動があちこちで断片的に見られる印象が強くなるのです。

それは、1つの求心力で全体を統べるということができなくなり、結果として分散的ですべてが辺縁的になったことの現れだったでしょう。何らかのストリームとしてのアートの様式や派、グループといったものを分類分析しようとすることは困難でもはや意味のない試みとなっていきました。

もっとも、そういう中でも画期となったものはありました。「エッセンシャル・ペインティング」展(2006年、国立国際美術館)にノミネートされた画家たちは、現代アートのテーゼだった「アヴァンギャルドであること」に大した興味を抱こうとはせず、もっぱらプライベートな関心で作品を制作しました。

マルレーネ・デュマス、リュック・タイマンス、アレックス・カッツ、ピーター・ドイグ、ヴィルヘルム・サスナル、セシリー・ブラウンといった面々です。展覧会の趣旨説明で彼らは「前衛に対するこだわりからは解放されて」いると紹介されました。それはまさに現代アートのニュータイプ宣言でした。

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