これには1ついい方法があります。理解しているかどうかを確認するため、授業の内容なり問題の答えを導くロジックなりを「自分の言葉で説明させる」のです。
人に物事を説明するというのは、その物事について完全に理解した状態でないとできません。自分がギリギリ理解しているくらいの状態では、人に教えることはできないのです。言ってみれば、10のことを知って、初めて2や3のことが完璧に教えられるということ。
完全に自分のものにしていれば、簡易な言葉で言い換えたり、たとえ話を用いたりしてわかりやすく説明することが可能になります。
耳を澄ますべきポイントは?
たとえば私は、「Y=X2を微分せよ」という問題が出たときに、答えはY=2Xであると答えられますが、理解が曖昧なため、「なんでY=X2を微分するとY=2Xになるのか?」と聞かれても、もはや答えられません。文系の悲しい性(笑)。
ご友人のケースで言えば、間違いなく本質的に理解できていませんから、授業後や問題演習後に、「なぜこうなのか説明してほしい」と言って説明を求めてみてください。これは教科書を見ながらでも構いません。
そう、そしてそのとき、あなたは耳を澄ますのです。分かっていない場合には、教科書の音読が始まります。本質的に理解していないと、自分の言葉で説明したり、重要でない部分を省略して説明したりすることができないので、教科書の棒読みになるのです。
滑舌をよくする練習ならそれで構いませんが、人に説明するにはそれでは不適当ですね。しっかりと自分の言葉で説明できるまで、理解を深めないといけません。そのような「人に伝える」作業を繰り返せば、どこが理解できていて、どこが理解できていないのか、自ら把握できるはずです。人に教えるということは、実は教えている側がいちばん勉強になるのです。
そんな次第ですから、ついていけないのであれば授業を受ける必要はなく、まずは教科書を読んで読んで読みまくり、人に説明できるようになるくらいまで習熟してください。そうして問題演習を行えば、効率的に知識を定着させられるはずです。
いつかご友人と近くの薬局で顔を合わせる日を夢見ております。風邪気味で市販薬が手放せない鬼頭より。ではまた。
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