認知症の人が「死ぬ前、普通に話し出す」一体なぜ なかったことにされていた終末期明晰の謎に迫る

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こうした現象は新しいものではない。だが、長らく呼び名すらなかった。しかもそのほとんどのあいだ、研究も理解も進まず、存在を認めようとする動きさえなかった。この現象の報告は、古くは中世の文献に散見されるが、ずっとただの医学的な珍事とみなされていた。医療の現場で見かけることのひとつであり、報告書にときたま記されるものの、ごくまれなので科学的に注目する必要はないと思われていたのだ。

研究者や臨床に携わる者ならたいてい知っていることだが、こちらの予想を裏切るような、信じがたく不思議なことというのはときおり起きる。そして実際に起きると、それらは一度きりの(ときに圧倒されるほど美しくはあるが)奇妙な出来事として片づけられるか、忘れられるか、でなければ雑談のネタになる。

もしかしたらあなたも、研究会議の休憩時間や同僚とのランチタイムにその手のことを話題にしたり、パートナーや友人相手に話したりしているかもしれない。けれども、それを自分の主要な発見として学会で発表したり、ましてや論文に書いたりはしないだろう。たとえ書いて学術誌に提出しても、査読を通るとはまず思えない。

一方で、こうした出来事はときとして人を立ち止まらせ、考えにふけらせる。そうして長く考えているうちに、しだいにそれを無視していられなくなる。そしてついには本腰を入れて取り組みはじめ、場合によっては、キャリア全体の方向性にまで影響が及ぶ。それは実際にわたしのキャリアに影響を与えた。

ようやく集まり始めた科学的な関心

しかしたいていの場合、そうした一度きりの体験は顧みられずにいる。同様の出来事を伝える声が目に見えて増え、報告の頻度が増したところで、人はそこに一定のパターンを見はじめ、知らぬふりをしているのはもはや道理に合わないことに遅まきながら気づく。そうして初めて、それらの声はより広い科学的関心を集めるのだ。

実際、最近になって、ようやく研究者たち――フライブルクのミヒャエル・ナーム、クライストチャーチのナース・モード・ホスピスのサンディ・マクラウド、(ニューヨーク州ロチェスターのメイヨー・クリニックに併設する)ロバート・D・アンド・パトリシア・E・カーン・ヘルスケア提供科学センターのジョアン・M・グリフィンの国際研究グループ、そしてブダペストのパズマニー・ペーテルカトリック大学およびウィーン大学のわたしの研究チームなど――が、終末期明晰の事例を体系的に、より詳細に調べはじめている。

次ページどの事例をとっても謎に包まれる「終末期明晰」
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