認知症の人が「死ぬ前、普通に話し出す」一体なぜ なかったことにされていた終末期明晰の謎に迫る

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実際、それは説明がつかない。なぜなら、そうした人々の多くは、亡くなる前に心身の機能がひどく弱っていたからだ。大半は認知症か、認知症と同等の重い神経障害を患っており、そのため意識が混乱して、それ以前の人生については細かいことをほとんど忘れていた。自分の名前を思い出せない者もいた。進行性の脳の病気により、自分の私的な世界を、そしておそらくは自分がだれであるかという意識さえも、死のはるか前に失っていたのだ。そんな病気を抱えた、精神や知性の働きが何年も弱っていた患者についての話が、「感動的」で「心安らぐ」ものだとは、普通は考えにくいかもしれない。

ではなぜ、そうした患者を看取った人々の大多数が、その死を「美しい」「贈り物のような」、ほっとする体験だったと語っているのだろうか? 確かな証拠はないものの、病と衰弱に侵され、死を前にしても欠けることなく、安全で、保護され、堅固に守られているわたしたちの人格性――すなわち、わたしたちの中核的な自己(コアセルフ)――にかかわる何かがあった、と言うのだろうか? 

彼らの多くはその死に立ち会ってから、人生には意味があると、わたしたちの、自分たちの人生には意味があるとの確信が増した、と打ち明ける。傍目(はため)には衰え、呆け、ついには命果てたかのように見えるときにも、なんらかの根源的な方法で守られて保存されている「自己」があり、自然の力か何かの存在がそれを授けてくれたように感じると、そう彼らは語るのだ。

なぜそう感じるのか。答えは、彼らの目撃した死がただならなかったから。彼らは、「終末期明晰(terminal lucidity)」、または「死の前の覚醒(lightening up before death)」と近年称される現象を経験したのだ(訳注:日本では「中治り現象」「お迎え現象」などと呼ばれる)。終末期明晰とは、知的能力を永久に失ったと思われていた患者の意識の清澄さや自意識や記憶力や明晰な思考力が、思いがけず回復したことを指す専門用語である。わたしのチームはこの現象を観察し、研究している。

「なかったこと」にされていた終末期明晰

それは、重い認知症やアルツハイマー病を患う人々、脳卒中などの深刻な健康危機に見舞われた人々、長いあいだ意識がないか呼びかけに反応しない人々、重度または慢性的な精神疾患により回復不能の状態となった人々に起きる現象であり、そうした人々の多く(というか、ほとんど)は、医師にも家族や友人にも回復の見込みはないと思われていた。

認知症のような慢性的な神経疾患はたいてい不可逆的で、いったん発症したら元には戻らないのだ。自発的な治癒、つまり「かつての、発病前の自己の回復」は考えられず、教科書にも書かれていない。それでもなかには、わたしの友人で研究仲間であり、臨死研究の草分け的な心理学者であるケネス・リングが言うところの「奇跡の復活」を、死の間際に遂げる患者もいる。

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