ナポ・レボリューションさんは、小さいころから自分が変わった人間であると自覚しており、「頭がいい」からその行動の数々も許されている部分があると考えていました。だからこそ、今後も人と違う人生を歩んでも許されるために、勉強をしていたほうがいいと思って、受験勉強に力を入れたそうです。
しかし、現役時代にはあまり点数が伸びず、京都大学に落ちてしまいました。彼はその敗因を「適当に勉強をしていたこと」だと考えます。
「私は塾に行ったことがほぼなかったので、効率のいい勉強の仕方がよくわかりませんでした。勉強を教えてもらえる塾があまりなかったので、立地的にも不利だったと思います。自分自身、数学は好きだったのですが、今まで学校で教わっていたのは、学校のテストが解けるようになるための“パターン暗記法”だったので、受験本番では解法を思いつくことができませんでした。
結局、数学が苦手なままセンター試験に臨んでしまい、9割を切ってしまいました。数学を克服できていたら9割を超えていたと思います。京大2次試験本番の数学でも、6問あった大問を1つしか解答できず、もう全然ダメでした」
こうして彼は浪人することを決めます。
親を納得させる大学を目指す
ナポ・レボリューションさんが浪人を決意した理由は「やりたいことだけやりたい」と思ったことが大きかったそうです。
「そもそも私は大学に行きたいわけではありませんでした。母親が私に対して『すごい子どもであってほしい』という期待が大きかったのがあります。親が1浪まではしてもいいと言っていたので、その間にしっかりと勉強をして、親を納得させる大学に入って、家を出てしまえば、自分が好きなことができると思っていたんです」
自由に自分の人生を生きるためには、京都大学に行くことが大事だと考えたナポ・レボリューションさん。通学圏内に予備校がなかった彼は、予備校の寮に入り、親元を離れて勉強をする決意をします。
ところが、この寮生活が相当きびしくて精神的に堪えたことと、そこで目の当たりにした周囲の環境が、彼の人生観を変えたそうです。
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