「ソロ活」の心地よさの先にある自由と社会的孤立 若者の孤立を防ぐ立場から見たシングルと役割

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例えば、僕は1983年生まれでバブルを知りません。特に羨ましいとも思わないし、その時代を生きた人びとから話を聞くと、むしろ経験しなくてよかったと思っているほどです。

しかし僕自身、バブル崩壊直後に就職活動をしていたらどう思っただろうと考えるのです。誰でも就職できた状況から、自分のせいでもないのに急に就職氷河期に入ってしまった。梯子を外されたと思うことでしょう。まったくもって自己責任ではありません。

反対に自己実現しているように見える人であっても、完全に自分の努力で成功した人なんて存在しません。もちろん努力それ自体を否定するものではないですが、必ずその人の置かれた環境が左右しているはずです。

「役割のない個人」

終章において宮本みち子と大江守之は、シングルの人びとを「役割のない個人」と表現しています。

人は様々な役割を負って生きています。現代では、公的生活領域においては職業を通して社会的役割を果たし、私的生活領域では子どもや配偶者その他の近親者を気遣い、子育てや家族の世話や介護を担うことが最も重要な役割となっています。また、職場や家庭以外でも何らかの役割をもっています。
ところがシングルは、職業上の役割の比率が高く、子や配偶者などに係る役割をもっていません。しかも、中間的生活領域での役割のない人も多いのです。ただし、同居していない親やきょうだいなどへの気遣いや世話を担っている人はいます。(中略)
シングルが増えていく社会が、「役割のない個人」の増加と重なるとしたら何が問題になるでしょうか。今、生活保障改革の過程には2つの「個人化」のベクトルが働いています。そのうちの1つは、従来の社会保障制度が解体して自己責任に負わせる個人化のベクトルです。つまり、セーフティ・ネットを取り外して、生活保障を個人の努力と責任に転嫁する新自由主義の方向で、「社会からの個人の離脱」といえるものです。
もう1つの個人化は、家族の標準モデルを前提とせず、個人の自由と多様性を認めつつ、社会連帯による生活保障を推進する方向です。たとえば、結婚のあり方を柔軟にし、子どもの人権を擁護しつつ、子どもを産み育てやすい環境を整備するものです。このような施策は、公助や共助という社会的連帯の推進と一体のものと考えることができます。(前掲書、253-254頁)。
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