「ソロ活」の心地よさの先にある自由と社会的孤立 若者の孤立を防ぐ立場から見たシングルと役割

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本書では、シングルと社会的孤立状態は同義だと述べられていませんが、読み進めると両者は紙一重にあることがわかってきます。第5章「大都市で『ひとり』で生きる――2019年東京区部単身世帯調査から」において酒井計史は以下のように述べています。

いわば、ポスト近代社会のあり方として、あらゆるものが流動的、液状化していく中で、シングルが流動的で、リスクを体現する中心的存在として大都市の中で立ち現れてくるかもしれません。つまり、孤立・孤独、貧困、孤独死などネガティブの側面によって、可視化される存在として捉えられるようになるということです。また、ジェンダーによる違いも無視できません。例えば、貧困は女性シングルにおいてよりリスクが高く、社会的な孤立は男性シングルにおいてよりリスクが高いといえそうです。
こうした「状態としてのひとり」のリスクは、多様性の中で普段は目にみえず、不平等や格差が覆い隠されていますが、例えば、個人的には経済的な基盤を失うような大病、社会的には大災害など、ひとたび、非常に困難な状況に直面したとき、リスクの高いシングルに、ふだんの格差・不平等がさらに増幅して現れる可能性があります。先ほどみたように、家族・親族に頼れない場合は深刻な状況に陥ります。(『東京ミドル期シングルの衝撃』226-227頁)。

このように、シングルが困難な状況に直面すると社会的孤立に追い込まれてしまう可能性が高いことを述べています。

シングルというステータス

一方で、特に東京や都市部におけるシングルは自立と言われ、社会人としての常識的なあり方であり、故郷や家族、友人などを犠牲にしてでも手にいれるべきステータスだと思われてきました。そして現にシングルであることは、大都市において快適な生活をもたらしてくれるものでした。この点も酒井は以下のように述べています。

大都市に暮らすミドル期シングルの利点は、好きな所へ行けて、好きなことができる、自らの心のおもむくままな、自由さがあることにあるといえましょう。近年、外でひとりで過ごすという「ソロ活」(単独を意味する「ソロ」+「活動」の略)という言葉は、まさに、誰かと一緒にではなく、ひとりで好きな場所へ行き、ひとりで好きなことをして、有意義な時間を過ごすことであり、シングルの生活スタイルを象徴しています。(前掲書、216頁)。
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